負け犬(ポワロ)のネタバレ解説・あらすじ・感想
アガサ・クリスティのポアロシリーズ『負け犬』。この物語は、相談に来た女性の裏のありそうな態度にポアロが興味を覚えた、『クリスマス・プディングの冒険』に収録されている短編小説です。
そこでこのページでは、「人物相関図」と「物語のポイント」を確認しながら本作品の解説と考察を行います。すべてネタバレになりますので、「まだ読んでない」という方は十分にご注意ください。
物語について
解説する前に、最終的な人物相関図とあらすじをざっとおさらいしておきます。「そんなの必要ないよ」という方は読み飛ばしちゃってください。
最終的な人物相関図
最終的な人物相関図をまとめると次のようになります。パソコンの場合は画像をクリックして拡大、スマホの場合はピンチアウトしてご覧ください。
あらすじ
ルーベン・アストウェル卿が亡き者にされた件で、リリー・マーグレイブがポアロを訪ねてくる。状況証拠により甥のチャールズ・レバースンが逮捕されたが、ルーベンの妻が直観で秘書のオーエン・トレファシスがやったと決めつけているのだ。
相手に頼み事をしておきながら、引き受けさせないように持って行く態度。リリーの素振りが気になったポアロは、敢えて相談を引き受け現場となったモン・ルポ荘へ向かう。
解説と考察
それでは本物語の解説と考察に移ります。
黒幕の正体と動機
ルーベン・アストウェルを亡き者にしたのは、ナンシーの直観通り秘書のオーエン・トレファシスでした。動機は積年の恨み。9年もの間いじめられてきて溜まりに溜まったものが、一気にはち切れて起こった悲劇でした。
謎を解明するには
本作品の黒幕を見破るには、関係者のアリバイを他の人物の証言から立証するのがいちばんだと思います。
注目すべきは、ビクターがドアを開けて待っていたという証言です。ビクターが部屋に戻ったのは夜10時。したがって11時に塔の部屋を出たオーエンは、自室に戻るときビクターに目撃されていなければなりません(オーエンの部屋はビクターの部屋の奥にあるため、通らざるを得ない)。それにもかかわらずオーエンはビクターに見られず自室に戻り、夜11時55分に「寝ていた」と証言しています。
ここで考えなければならないのは、ビクターが嘘をついている可能性です。嘘をつく理由として考えられるのはアリバイの確保。しかし実際には誰とも会っていないためアリバイは確保できておらず、噓をついたことでボロが出るリスクの方が高いでしょう。パースンズが聞いたレバースンの行動と内容が一致していることからも、ビクターの証言は正しいと判断してよいと思います(後からパースンズに話を聞いた可能性もあるため疑惑は残ります)。
ビクターの証言が正しいとすると、オーエンはどこで何をしていたのか。塔の部屋に隠れて、ルーベンを亡き者にしていた可能性が濃厚です。ただし証拠がなかったため、ポアロもオーエンを罠にはめるしか立証する方法がありませんでした。
とはいえ根拠も何もないですが、タイトルがいちばんのヒントではないかと思います。オーエン以外のみんなは、激しい気性の持ち主だったので。
レバースンの行動
ではパースンズが聞いたというレバースンの紛らわしい行動はなんだったのか。その真相を表にすると、以下のようになります。
パースンズの証言 | 真相 |
---|---|
レバースンが大声でルーベンに話しかけていた | 生きていると思っていた(ランプが原因で良く見えなかった) |
どしんという音 | 息絶えていたルーベンが椅子から倒れた音 |
「なんということだ」という声 | 息絶えていることにビックリして出た言葉 |
「おやすみなさい」という声 | 自分がやったと思われないようにするための一人芝居 |
血はルーベンに触れて倒したときに付着してしまったもの。箪笥に指紋を残したうえに洗い流しているところを女中に見られてしまい、レバースンは逮捕されてしまいました。嘘をついたことには問題がありますが、何とも不運な話です。
リリーの態度の意味
本作にはもう一つ謎がありました。ポアロも興味を覚えた、相談しに来たにもかかわらず依頼を受けて欲しくなさそうだったリリーの態度です。
理由は自分と兄・ハンフリーがしていたことを隠し通したかったから。特にハンフリーはルーベンに金鉱を奪われていたため、手を下す十分な動機がありました。疑いが向くことを恐れたために出た態度でしたが、ポアロが自らの血を使った甲斐あり、リリーは真実を話すに至ります。
ドラマについて
デヴィッド・スーシェが主役を演じる海外ドラマ「名探偵ポワロ」では、1993年に本物語を放送しました。ストーリーは原作に則ってはいるものの、多くの部分で追加・変更要素があります。
- ルーベンがベルギーの小型ブロンズ像の収集家でポアロを食事に招待
- レバースンが逃走したうえで逮捕される
- ルーベンはレバースンを工場で働かせようとしていた
- 遺産の相続先がナンシーとビクター
- ヘイスティングズがホテルにいるリリーを目撃
- リリーが着ていた服の切れ端が枝に引っかかっていて血はグラディスのを染み込ませる
- ポアロとヘイスティングズがレバースンの話を聞きに行く
- リリーの逃走シーンがある
- ハンフリーが盗まれたのは合成ゴムの技術
- オーエンが主任化学者
- オーエンがルーベンを手にかけた動機に契約の無効が関係している
- レモンがナンシーに催眠術をかける
- ヘイスティングズとチャールズが友人
原作ではリリーが探偵事務所に相談に来て物語が始まるのに対して、ドラマではポアロとヘイスティングズがパーティーに招待されます。目的のブロンズ像を見せてもらったポアロでしたが、お金のことしか考えず芸術に敬意を払わないルーベンに激怒。その夜、ルーベンは亡き者にされてしまいます。
お決まりのお笑い要素は、レモンの催眠術でヘイスティングズが奇跡のホールインワン。ポアロは知性が高すぎてかからないと読んでいたのに。
感想
弱くていじめられてきた者の反逆。タイトルに始まり、黒幕、手を下した方法すべてが、人間性(性格)を表した作品だと感じました。塔の部屋からオーエンが退室していないことに気付かれなかったのは疑問でしたが、これも大人しい性格を表している一部なのかもしれません。
個人的なイメージですが、催眠術を利用したことはポアロらしからぬ印象でした。人の話を聞き、証拠と心理学を踏まえて推理を組み立てていくのがポアロのスタイル。ナンシーが話す直観の意図を引き出すためとはいえ、真実かどうかわからない催眠術を使ったことは少し疑問でした。
ただ、同じ『クリスマス・プディングの冒険』に収録されている『夢』もでしたが、どちらも人間の無意識部分に関連した作品です。二作ともアガサ・クリスティは料理の添え物として位置付けている(「はじめに」に記載)ので、「こんな謎もありますよ」的なバラエティの一つなのだと思います。
少しでも楽しんでもらえたら嬉しいです。読んでいただき、ありがとうございました。
その他のポアロ作品のネタバレ解説はコチラから探せるので、良かったらご参照ください。
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> 催眠術を利用したこと
これは私も同様の感想を持ちました。
当時のイギリスでは割と真剣に研究されていた分野の様ですが
これが成立してしまうと「何でも有り」になりかねませんよね。
全体的にこの「負け犬」はポワロの中でもかなりクリスティらしからぬ
「色々と都合の良い」物語だったと思います。
そもそもパースンズがレバースンの帰宅後に彼が上階で立てた足音や
(既に息の無かった)アストウェルに声をかけている音は聞いているのに
その前にアストウェルが隠れていたトレファシスを発見した際に行った
激しい(かったであろう)叱責やトレファシスがその後「重いこん棒」で犯行に及んだ音を一切聞いていない、
と言うのは(一応その時間帯にはパースンズは「眠っていた」様ですが)
正直言って(何だかなぁ)と言う感想でした。
そうですよね。
催眠術で推理を組み立てるのがアリならば、もはや全員にかけてしまえば良いことになってしまいます。
(そんな推理小説はちょっと見たくありません笑)
また、物音についても同じ意見です。
レバースンの一連の行動がアストウェルの口論などよりももっと騒々しかったと言えばそれまでですが、少し無理があるように感じます。