エンドハウスの怪事件(ポワロ)犯人ネタバレ・あらすじ・感想
アガサ・クリスティの『エンドハウスの怪事件(邪悪の家)』。この作品は、ポアロが休養先の南部海岸で命を狙われている女性に出会う、ポアロシリーズ長編第六作です。
そこでこのページでは、「人物相関図」と「物語のポイント」を確認しながら、本作品の解説と考察を行います。すべてネタバレになりますので、「まだ読んでない」という方は十分にご注意ください。
物語について
解説する前に、最終的な人物相関図とあらすじをざっとおさらいしておきます。「そんなの必要ないよ」という方は読み飛ばしちゃってください。
最終的な人物相関図
本物語には、脇役含めると総勢29人もの人間が登場します。そんな登場人物の最終的な相関図をまとめたのが、以下の図です(主要人物は水色の枠で囲っています)
※パソコンの場合は画像をクリックして拡大、スマホの場合はピンチアウトしてご覧ください。
あらすじ
◆ はじまり
探偵を引退してイギリスの南部海岸に休養へ来ていたポアロと友人のヘイスティングズは、岬の上に建つエンドハウスの主ニック・バックレイが何度も命を狙われていることを知る。 ポアロはその事情をニックに説明したが、真剣に取り合ってくれない彼女の態度に難儀した。
それでもポアロはあらゆる手を打って、警戒態勢を整える。 しかしその甲斐虚しく、花火パーティの最中にニックの赤いショールを身につけた女性が倒れているのを発見。 その人物は、ニックではなく従妹のマギーだった。
◆ 消えた遺言書
完璧だと思っていた警戒網を大胆不敵に突破されたことにポアロは自責の念に駆られたが、ヘイスティングズの励ましもあり活動を再開。 考えをまとめて、動機はニックが極秘に婚約していたマイケル・シートンの遺産であることを突き止める。
しかし、関係者から事情を聞いてもニックが書いたはずの遺言書はどこからも見つからなかった。 そんなとき、またしてもポアロの厳戒態勢をすり抜けてニックが襲われてしまう。
◆ 思いもよらぬ閃き
なんとか一命を取りとめたものの、またしても裏をかかれたポアロは神経を静めるためにトランプタワーを組み立てて頭を整理。 関係者を記したA~Jのリストをまとめる。
翌日、「ヘイスティングズの何気ない一言」と「マギーが母宛てに送った手紙」が思いもよらぬ視点を生み出し、すべてが一本につながる。 そして関係者を集めて、息絶えたはずのニックを登場させる舞台をエンドハウスで開催するのだった。
◆ 解決の舞台
急にヴァイスのもとに届いたニックの遺言書は、「全財産をミルドレッド・クロフトに」という内容だった。 そこでポアロは真実を確かめるために降霊術を使ってニックを呼び出し、遺言書が偽造であることを見破る。
すると突如フレディの夫が現れて亡くなり、すべては解決したかに見えた。 しかしポアロはすべての真実を明らかにすると明言。 黒幕は、今まで命を何度も狙われていたニックだったのである。
解説と考察
それでは、本物語の解説と考察に移ります。
物語のポイント
本物語のポイントは、次の3つです。
- 「マグダラ」という名前
- 消えた遺言書の行方
- 容疑者リストと疑問
それでは、ひとつひとつの詳細を見ていきましょう。
「マグダラ」という名前
本物語は、大富豪の伯父を持つマイケル・シートンの存在が直接の動機になりました。喉から手が出るほどお金を欲していたニックはマイケルとの結婚を画策しますが、彼はマギーと密かに婚約。マギーのことを自分より下だと思っていたニックにとって、この事実は屈辱的なことでした。
しかしニックにチャンスが訪れます。マギーは、婚約したという秘密を唯一共有しているニックに、マイケルの遺言書に書かれている相続人が「マグダラ・バックレイ」であることを打ち明けたのです。ニックはこの事実を受けて、自分の名前もマグダラであることを利用した悪魔的な考えを思いつき実行に移していきます。
名前が同じことを推理するヒントとして作中に書かれているのは、ニックが言った次の言葉です。
このバックレイ家には、マグダラという名前がたくさんあるのよ。
出典元:ハヤカワ文庫『邪悪の家(2 エンド・ハウス)』アガサ・クリスティー/田村隆一訳
ただ、その直後に祖父もマグダラだと言っているので、マギーに結びつけるのは至難の業。それに家族に同じ名前を付けるという文化は、日本人にとってあまり馴染みのない感覚なので難しいです。
消えた遺言書の行方
本筋とは別のところで、ニックの遺産を狙った計画が進行していました。首謀者はエンドハウスの離れ小屋に住んでいるクロフト夫妻。彼らは遺言書の内容を偽造して隠し持っておき、ニックが亡くなったタイミングで郵送して遺産を手中に収めようとしました。
ニックの遺言書には、以下の役割があると考えられます。
- 遺言書を預かったクロフト夫妻への疑い
- 遺言書の保管先で相続人の1人でもあるヴァイスへの疑い
- 主な相続人であるフレディへの疑い
このニックの遺言書については多くのページを割いて書かれているので、一見すると事の中心にあるかのように見えます。しかしそれこそがアガサ・クリスティの巧妙な罠。どの人物を疑っても真実にはたどりつけないので、追って行くと泥沼にはまってしまうことになります。
容疑者リストと疑問
ポアロは作中で容疑者をA~Jのリストにし、それぞれの人物に付随する疑問をまとめます。次の表は、それに回答を追加したものです。
A:エレン・ウィルスン
疑問 | 回答 |
---|---|
なぜ花火見物に出かけなかったのか? | ニックにしつこく見てくるよう言われたから |
どんなことが起こると予想していたのか? | フレディの身に何か起こると思っていた |
家の中に誰を入れたのか? | 入れていない |
秘密の戸棚について真実を語っているか? | 語っている |
秘密の戸棚があれば、なぜ在り処を覚えてないのか? | 本当に忘れていた |
秘密の戸棚がないなら、なぜそんな嘘をついたか? | 戸棚はあるので嘘はついてない |
マイケル・シートンのラヴレターを読んだか? | 読んでいない |
ニックの婚約に対する驚きは本心か? | 本心 |
B:ウィリアム・ウィルスン
疑問 | 回答 |
---|---|
エレンの知っていることは何でも知っているのか? | ? |
精神患者か? | ? |
C:アルフレッド・ウィルスン
疑問 | 回答 |
---|---|
血を喜ぶのは正常なのか?遺伝性か? | ? |
玩具のピストルを撃ったことがあるか? | ? |
D:バート・クロフト
疑問 | 回答 |
---|---|
何者か? | 偽造のプロ |
遺言書を投函しなかったとしたら動機は何か? | ニックの遺産を手に入れるため |
E:ミルドレッド・クロフト
疑問 | 回答 |
---|---|
何者か? | 偽造のプロ |
隠れているとしたら理由は何か? | 過去の偽造で警察に追われているから |
バックレイ家の一族とつながりがあるのか? | ニックの父の世話をしていたことがある |
F:フレデリカ・ライス
疑問 | 回答 |
---|---|
ニックとマイケルの婚約を知っていたのか? | 知らなかった |
自分がニックの遺産を相続するのを知っていたか? | 知っていた |
ラザラスがニックに参っていたという言葉は真実か? | 一時期は参っていたがフレディに傾いた |
ボーイフレンドとは何者か? | チャレンジャー |
気を失った原因は何か? | ポアロが夫の紙きれを持っているのを見たから |
チョコレートに関する電話の伝言は真実か? | 真実 |
「ほかのものなら考えられるけど、これは絶対にありえません」の意図は? | 夫がニックの命を狙うわけがなかったから |
潔白だとしたら隠していることは何か? | 夫の紙きれのこと |
G:ジム・ラザラス
疑問 | 回答 |
---|---|
フレディに頼まれたチョコレートを取り換えたのか? | 取り換えていない |
なぜ20ポンドの肖像画に50ポンドの値を付けたか? | 次の画を安く買うため |
H:ジョージ・チャレンジャー
疑問 | 回答 |
---|---|
なぜニックは婚約していることを語ったのか? | ? |
伯父との関係は? | 一緒に密売する仲 |
I:チャールズ・ヴァイス
疑問 | 回答 |
---|---|
なぜニックがエンド・ハウスに執着を持っていると言ったのか? | 事実その通りだから |
遺言書を受け取ったのか? | クロフトが送るまで受け取っていなかった |
正直者なのか? | 正直者 |
J:外部の人間
疑問 | 回答 |
---|---|
実在しているのか? | フレディの夫 |
実は謎のまま残っている疑問が5つあります(「?」の回答)。ただし、うち4つは物語にほとんど出てこないウィリアム・ウィルスンとその子であるアルフレッド・ウィルスンなので、気にはなりますが本筋と関係ないので無視しても良いでしょう。
残り1つの「なぜニックは婚約していることを語ったのか?」ですが、彼女にはマイケルと婚約していることを印象付ける意図があったのではないかと考えられます。さらに、一人に話せば噂が拡散することも考慮していた。
ポアロも次のようなことを言っています。
噂というものがいかに早くひろがるものか、なかなか興味がありますね。
出典元:ハヤカワ文庫『邪悪の家(15 フレデリカの奇妙な態度)』アガサ・クリスティー/田村隆一訳
これが当たっているとするならば、ニックは本当に頭のまわる恐ろしい女性です。
ポアロのリストは、最終的に「K」であるニックに続きます。したがってせっかくまとめたリストは、ニックに結びつかないためほとんど関係ないという結果に。いかにポアロが見当違いの推理をしていたかが、このリストからうかがえます。
翻弄され続けたポアロ
ポアロは、真実を解明する直前までニックに翻弄され続けました。以下は、ニックの行動により誘導されたポアロの思考一覧です。
ニックの行動 | ポアロの思考 |
---|---|
穴の開いた帽子を見せたり命が助かったエピソードを話す | ニックの命が狙われている |
自分は黒いドレスを着てマギーに赤いショールを貸す | マギーがニックと間違えられて撃たれた |
ラジオやマイケルの手紙のことをそれとなく言う | ニックとマイケルが婚約している |
チョコレートを食べて危篤状態になる | まだ命が狙われている |
この作品は、ニックの行動により引き起こされるポアロならでは発言も楽しみの1つ。例えば、序盤の「ニックに命が狙われていると伝える」場面でポアロはこんなことを言っています。
彼女の心の中が手にとるようにわかりましたよ。
出典元:ハヤカワ文庫『邪悪の家(2 エンド・ハウス)』アガサ・クリスティー/田村隆一訳
ここまで言い切ってしまっているのに実は誘導されていた。とても滑稽です。ニックからしてみたら、「エサに食いついた!」と思いほくそ笑んでいたことでしょう。
また、チョコレートを食べた後、回復したニックに会ったときにはこんなことを言っています。
ああ!悪魔!天才的な悪魔!
出典元:ハヤカワ文庫『邪悪の家(17 チョコレートの箱)』アガサ・クリスティー/田村隆一訳
ポアロの狼狽ぶりがうかがえますね(ちょっとかわいい)。
では、なぜ百戦錬磨のポアロがこんなにも翻弄されてしまったのでしょうか。それは、最初会ったときにニックが自分のことを知らないと悟って冷静さを欠いたのではないかと思います。ポアロであろうと人間。プライドを刺激されて、ニックに自分が有能であることを証明したかったのでしょう。
先入観は感覚を鈍らせます。現実世界でも、先入観により視野が狭くなって失敗してしまうことはよくあるのではないでしょうか。そんな状況に陥らないためにも、ヘイスティングズのような第三者の視点というのは非常に大事な要素なんだなと感じます。
ちなみに作中では、ニック以外の登場人物がポアロのことを知っていました。これは、「ポアロのことを知らないニックが逆に怪しい」と発想させるヒントになっているのかもしれません。
名探偵ポワロ「エンドハウスの怪事件」(海外ドラマ)
デヴィッド・スーシェが主役を演じる海外ドラマ「名探偵ポワロ」では、1990年に本物語を放送しました。以下はキャスト、原作との主な相違点、特定できたロケ地です。
ドラマ「エンドハウスの怪事件」のキャスト
登場人物名 | 役者名 |
---|---|
エルキュール・ポワロ | デヴィッド・スーシェ |
アーサー・ヘイスティングス | ヒュー・フレイザー |
ジェームズ・ジャップ | フィリップ・ジャクソン |
ミス・レモン | ポーリーン・モラン |
ニック・バックリー | ポリー・ウォーカー |
チャールズ・ヴァイス | クリストファー・ベインズ |
バート・クロフト | ジェレミー・ヤング |
ミルドレッド・クロフト | キャロル・マクレディ |
ジョージ・チャレンジャー | ジョン・ハーディング |
フレデリカ・ライス | アリソン・スターリング |
ジム・ラザラス | ポール・ジェフリー |
エレン・ウィルスン | メアリー・カニングハム |
マギー・バックリー | エリザベス・ダウンズ |
ドラマ「エンドハウスの怪事件」の原作との違い
- ポワロとヘイスティングスが飛行機でセント・ルーに到着
- ポワロがヴァイスの法律事務所に時間外に会いに行く
- チャレンジャーが船を持っている
- ジャップが捜査にあたる
- ヘイスティングスがゴルフに行こうとする
- エレンの夫と息子に話を聞くのがジャップ
- マカリスターのことを調べたのがレモン
- ヘイスティングス一人でホイットフィールドのところへ行く
- いろんな呼び名のことを話し始めるのがレモン
- レモンに霊媒能力があることになっている
- リストの話がない
- フレデリカの夫が出てこない
- マギーの手紙が出てこない
物語は原作に則っていますが、ところどころ違いがあります。特に違うのはラスト。ニックが黒幕なのは同じですが、レモンに霊媒能力があることにしたり、原作では途中で割り込んでくるフレデリカの夫が出てきません。
原作に出てこないレモンは、ドラマではマカリスターの調査などなかなかの活躍を見せます。さらに呼び名の話をし始める役割も担当。ヘイスティングスと盛り上がった結果、エルキュールはハークに落ち着きました。
ドラマ「エンドハウスの怪事件」のロケ地
ポワロらが到着したセント・ルーのロケ地として使われたのがサルクーム(Googleマップ)という場所。イギリスの中でも人気のリゾート地だそうです。
感想
先にも触れましたが、本作品は「ポアロの知名度」や「プライド」を利用した面白い作品だなと感じました。これまでの作品で当たり前になっていたこれらの要素に意味を与え伏線にする。シリーズものだからできるトラップで、しかも確固たるものではなく移ろいやすいものを利用するという着眼点にも意外性があります。
また、ポアロが語る4つ動機は勉強になりました。
- 利益
- 憎悪や愛情
- 嫉妬
- 恐怖
人間がいかに弱い生き物であるかということの証明ではないでしょうか。これらの上位にある要素は、「○○が欲しい」「○○されたくない」という欲望です。欲望は進化に欠かせないものだと思いますが、一歩間違えると取り返しのつかないことになる。そんな過ちをしないためにも、理性というものが非常に重要な能力であると感じました。
黒幕に関しては、「いちばん怪しくない人がいちばん怪しい」とミステリーではよく言われるので、ニックには初めからかなり疑いの目をかけていました。それにニックのキャラクターが濃すぎて、ほかの登場人物のキャラクターが若干薄いかなという印象を受けます。ただこれは、ポアロ対ニックの構図を作るために敢えて行った演出だったのかもしれません。
最後に、ポアロが悪人について語った次の言葉をご紹介します。
自分の身の保全につよい関心をもっている人間―犯罪者なら、わたしの名前を知っているはずです。
出典元:ハヤカワ文庫『邪悪の家(4 くさいぞ!)』アガサ・クリスティー/田村隆一訳
もちろんこれからマギーに手をかけようとしたニックはポアロのことを知っていましたが、探偵小説をひとつ残らず読んでいると豪語していたミルドレッド・クロフトも、ポアロに強い関心を抱いていたのでしょうね。
少しでも楽しんでもらえたら嬉しいです。読んでいただき、ありがとうございました。
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