ABC殺人事件(ポワロ)のネタバレ解説・あらすじ・相関図・感想

ABC殺人事件(ポワロ)のネタバレ解説・あらすじ・相関図・感想

アガサ・クリスティのミステリー小説『ABC殺人事件』。この物語は、「ABC」の頭文字を持つ場所でイニシャル「ABC」の人物が順に亡き者にされていく、ポアロシリーズの長編第十一作目でアガサ・クリスティの代表作の一つです。

そこでこのページでは、「人物相関図」や「物語のポイント」を確認しながら、本作品の解説と考察を行います。すべてネタバレになりますので、「まだ読んでない」という方は十分にご注意ください。

物語について

解説の前に、最終的な人物相関図あらすじをざっとおさらいしておきます。「そんなの必要ないよ」という方は読み飛ばしちゃってください。

最終的な人物相関図

以下は、本作品の最終的な人物相関図です。パソコンの場合は画像をクリックして拡大、スマホの場合はピンチアウトしてご覧ください。

相関図

あらすじ

◆ A:アンドーヴァー

ABCなる人物から、ポアロ宛てに挑戦状が届く。何事もなく記してあった日付が過ぎ悪戯だと思われたが、予告通りアンドーヴァーでアリス・アッシャーなる人物が亡き者にされていた。

アリスが絶命したのは午後5時半~6時5分だと推定され、後頭部に受けた強い打撃が命を落とした原因。何より偶然と言い難いのは、カウンターの上にABCの鉄道案内が置かれていたことだった。

◆ B:ベクスヒル=オン=ザ=シー

捜査が難航しアンドーヴァーでの一件が忘れ去られたころ、ABCから第二の挑戦状が届きことが再燃する。明け方のベクスヒル=オン=ザ=シーで、エリザベス・バーナードという若い女性が自分のベルトで首を絞められて命を落としたのである。

現場にあったABCの鉄道案内がアンドーヴァーとの関連を示唆していたが、アリスとの共通点は女性というだけ。エリザベスの家族や恋人に話を聞くも特に有力な手がかりは得られず、ただ時だけが過ぎていった。

◆ C:チャーストン

ABCの住所間違いにより手紙の配達が遅れるという不運も重なり、第三の犠牲者をも出してしまう。場所はチャーストンで、命を落としたのはカーマイクル・クラークという著名な中国美術のコレクターだった。

三件すべてが世間に公表され警察も地道な捜査を続ける一方、ポアロは彼ならではの独自な方法で行動を開始。それは関係者を集めて話をさせ、本人たちですら気付いていないことに目を向けて真実を手繰り寄せるアプローチである。

◆ D:ドンカスター

厳戒態勢を敷いたにもかかわらず四人目の犠牲者も出してしまったが、奇妙なことがあった。亡くなった人物はジョージ・アールズフィールドという名で、頭文字が「E」だったのである。

ストッキングという共通点とさまざまな証言により、ABCの正体はアレグザンダー・ボナパート・カストだと特定。しかし何一つ解決していないと思っていたポアロは、ヘイスティングズの言葉をヒントにABCが持つ真の意味と黒幕を明らかにしてみせる。

解説と考察

それでは本物語の解説と考察に移ります。

犯人と動機

イギリス中を恐怖に陥れたABCの正体は、アレグザンダー・ボナパート・カストではなくフランクリン・クラークでした。動機は兄のカーマイクル・クラークが築いた莫大な富。生い先の短い兄嫁が亡くなった後に遺産を手に入れるため、ABC鉄道案内を利用した計画を思いつき実行に移しました(ABCの意味については後述いたします)。

なぜ自由気ままに生きてきたフランクリンが兄を手にかけてまでお金を欲したのか。ポアロは以下のように語っています。

思うにあなたは、本質的には人生で失望ばかりを味わってきたひとでしょう。これまでずっと、ころがる石のように生きてきた―ほとんどその転石に苔が生じるひまさえなかったはずです。

出典元:創元推理文庫『ABC殺人事件(34 ポワロ、謎解きをする)』アガサ・クリスティ/深町眞理子訳

自分がどん底な人生を歩む一方で、兄は巨額な富を築き有名となった。そんな比較から生まれた嫉妬が、フランクリンを凶行に駆り立てた本質的な理由です。もしかしたら「お金=成功の象徴」と考え、富豪になって有名になる未来をも想像していたかもしれません。

ABCの意味

本作品の解説に必要不可欠なのが、「ミッシングリンク(失われた環)」という言葉です。もともとは古生物学の用語なのですが、ミステリーにおけるミッシングリンクの意味は次の二つに大別されます。

ミッシングリンクの意味
  • 命を奪われた人間に隠されたつながりがある
  • 本当のターゲットに加えて関係ない人間を巻き込み撹乱する

本作品のミッシングリンクに該当するのは二つ目。必要以上にABCを強調することで、「命を落としたすべての人物に何か関連があるのでは?」と思わせる意図がありました。さらにABCという狂人を仕立て上げることによって、遺族は無関係という印象を持たせる役割も担っています。三件目なら、なおさらその印象は強まるでしょう。

つまり、本当のターゲットであるカーマイクル以外は完全なるとばっちり。フランクリンが兄を亡き者にし遺産を手にするために、不運にも選ばれた人々たちです。

ほかにもアレグザンダー・ボナパート・カストの頭文字で彼を示唆する役割もありました。フランクリンにとってABCは、一石三鳥くらいの意味を持っていたわけです。

なぜポアロに挑戦状を送ったか

挑戦状を送った理由は、ABCという人物を仕立て上げることのほかに、「予告があってから計画が実行される」という流れを作る意味も持っていました。警察や世間にこの流れを意識させれば、「挑戦状が送られてくるまでは何も起きない」と油断させることができる。その油断している間であれば、カーマイクルの処理が容易になるとフランクリンは考えました。

挑戦状を送り、かつ油断している期間を自然に作るにはどうすればよいのか。その方法として思い付いたのが誤配です。ただし誤配させるためには、個人の住所である必要がありました。

警察にすぐ挑戦状の情報が伝わるほど深いつながりがあり、個人の住所を持っている。二つの条件を備えているポアロは、挑戦状を宛てる人物としてうってつけでした。

しかし誤配時に一度はスルーされたヘイスティングズの一言から、挑戦状の謎が氷解します。

どう思います―わざとそうしたんだとは思いませんか?

出典元:創元推理文庫『ABC殺人事件(14 第三の手紙)』アガサ・クリスティ/深町眞理子訳

しっかりと予告してから実行に移す。一定のルールを重んじる人物だと思いすぎたあまり、ポアロも警察もまんまと踊らされる結果となってしまいました。

推理のヒント

なかなかに難解な本作ですが、いちばんのヒントは三人の犠牲者が命を落としたときの原因と状況だと思います。

犠牲者 命を落とした原因 場所や状況
アリス・アッシャー 後ろからの強い打撃 お店に誰もいないとき
エリザベス・バーナード 自分のベルトで首を絞められる 海岸
カーマイクル・クラーク 頭部をたたき潰される ジョギングコース

一つ一つ見ていきましょう。

第一の犠牲者であるアリス・アッシャーは、後ろからの強い打撃が命を落とした原因。これは、見知らぬ誰かにより手を下されたことを示唆しています。つまり、アリスの関係者ではないということです。

第二の犠牲者であるエリザベス・バーナードは、自分のベルトで首を絞められたのが絶命の原因。自分のベルトでというのがポイントで、知人に貸したことを意味しています。さらにエリザベスは軽薄(男好き)な性格でした。したがって、ベルトを貸したのは男性だという線が濃厚になってきます。

第三の犠牲者であるカーマイクル・クラークは、頭部をたたき潰されて絶命。印象は人それぞれかもしれませんが、恨みのようなものを感じます。ジョギング中だったのもポイントで、これは普段走っているコースを知っていたということ。この二つから、カーマイクルの知人であると推測できます。さらに上記で解説した誤配の意図に気づければ、ますます知人である線は強まるでしょう。

これらすべての状況をつなぎ合わせると、薄っすらとフランクリンの影が見えてきます。動機については、犠牲者に選ばれた人物に共通点がない(無差別)ことが逆にヒント。本当のターゲットは一人であるという、ミッシングリンクの意味に気づく糸口になるのではないかと思います。

ドラマについて

デヴィッド・スーシェが主役を演じる海外ドラマ「名探偵ポワロ」では、1992年に本物語を放送しました。以下はキャストと、原作との主な相違点です。

登場人物名 役者名
エルキュール・ポワロ デヴィッド・スーシェ
アーサー・ヘイスティングス ヒュー・フレイザー
ジェームズ・ジャップ フィリップ・ジャクソン
フランクリン・クラーク ドナルド・ダグラス
ドナルド・フレイザー ニコラス・ファレル
メアリ・ドローワー キャスリン・ブラッドショウ
ソーラ・グレイ ニナ・マーク
ミーガン・バーナード ピッパ・ガード
アレキサンダー・ボナパルト・カスト ドナルド・サンプター
原作とドラマの相違点
  • エリザベス・バーナードはポアロたちがベクスヒルに滞在している中で命を落とす
  • ドンカスターでの実行日が9月9日
  • フランクリンがポアロに兄の手紙を見せる場面がない
  • 登場人物の大幅カット
  • ジャップがすべての現場に同行

いちばん重要な変更点は、フランクリンがカーマイクルの手紙をポアロに見せるシーンがなかったことです。原作ではこの行動により、カーマイクルがグレイに好意を抱いていたことが発覚。同時にそれを隠そうとしていたことから、ポアロがフランクリンに疑いを持つ一要素になっていました。

また、登場人物を大幅にカット。特にすべての現場に同行していたクローム警部が出てきません。原作では出番の少なかったジャップを活躍させるための配役でしょう。

お決まりのお笑い要素は、ヘイスティングズがお土産として買ってきたクロコダイル(しかも臭い付き)。正直センスを疑いますが、ラストではカストがまさかの興味を示します。わかる人にはわかる…のかもしれません。

感想

状況の奇怪さに加えてABCとの勝負要素が世界観を大きくしており、勢いよく楽しく読むことができました。何より「やられた」と感じたのは、犠牲者に共通点があるという先入観。それに囚われたあまり、ミッシングリンクのもう一つの意味に気づくことができませんでした。

気になったのは、四番目のドンカスターが必要だったのかということ。「カストに疑いを強めるため」というのが理由でしたが、多くの目撃情報を残してしまいました。Cで終わったら不自然で、「目的を遂げた」と思われ自分に疑いが向く恐怖もわかります。しかしドンカスターを実行しなければカストにすら行きつかず、迷宮入りしていたかもしれません。

また、印象に残ったのはポアロが解決編で話した次の言葉です。

しばしば直観と呼ばれるところのものは、実際には、論理的な推論、もしくは、経験にもとづく印象なのです。

出典元:創元推理文庫『ABC殺人事件(34 ポワロ、謎解きをする)』アガサ・クリスティ/深町眞理子訳

閃きはそれまでに培ったさまざまなことが要因で起こる。言い換えれば、見たり聞いたり感じたり多くを経験すれば、閃く可能性が高まるということです。

最後に、やはりポアロとヘイスティングズとの掛け合いが面白いと思いました。薄くなってきた頭をいじられたり、わざとではないにしてもイチゴを購入してしまったり。そんな愛らしく純粋なヘイスティングズを、ポアロも心底好きなのだと感じました。

少しでも楽しんでもらえたら嬉しいです。読んでいただき、ありがとうございました。

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