首相誘拐事件(ポワロ)のネタバレ解説・あらすじ・感想
アガサ・クリスティーのポアロシリーズ『首相誘拐事件』。この物語は、連邦国会議前にイギリス国首相がさらわれた謎を追う、『ポアロ登場』に収録されている短編小説です。
そこでこのページでは、真相など本作品の解説と考察を行います。すべてネタバレになりますので、「まだ読んでない」という方は十分にご注意ください。
物語について
解説する前に、登場人物とあらすじをざっとおさらいしておきます。「そんなの必要ないよ」という方は読み飛ばしちゃってください。
登場人物
本物語の登場人物は以下です。
登場人物名 | 説明 |
---|---|
エルキュール・ポアロ | 私立探偵 |
アーサー・ヘイスティングス | ポアロの友人 |
デイヴィッド・マカダム | イギリスの首相 |
エステア卿 | 下院議員 |
バーナード・ダッジ | 閣僚 |
ダニエルズ | 首相の秘書 |
ミセス・エヴァラード | ダニエルズの叔母 |
オマーフィ | 首相の車の運転手、スコットランドヤードの刑事 |
バーンズ | スコットランドヤードの刑事 |
ノーマン | 少佐 |
ジェームス・ジャップ | スコットランドヤードの主任警部 |
あらすじ
イギリス首相のデイヴィッド・マカダムが撃たれて命を落としそうになった話をポアロとヘイスティングスがしていると、男が二人訪ねてくる。一人は下院議員のエステア卿、もう一人は閣僚のバーナード・ダッジで、なんと首相がさらわれてしまったというのだ。
現場は海峡を渡ったところにあるフランスのブローニュで、待機していた偽物の車に乗ってしまい行方不明。どうやら迫りくる重要な連合国会議に、首相を欠席させることが目的だと二人は考えていた。
解説と考察
それでは本物語の解説と考察に移ります。
首相の行方
首相がさらわれたのはフランスではなく、イギリスで襲撃を受けたときでした。黒幕はダニエルズとその叔母のミセス・エヴァラード(本名はベルタ・エベンタル)。動機は明確には書かれていませんが、ドイツが関連していたことからやはり首相の連合国会議の欠席が狙いだったのでしょう。
ダニエルズとエヴァラードの計画を図にまとめると以下のようになります。パソコンの場合は画像をクリックして拡大、スマホの場合はピンチアウトしてご覧ください。
襲撃のときの車の急発進や診療所の話はダニエルズの偽証。本当はダニエルズが首相を、襲撃した仲間がオマーフィを気絶させていました。そして仲間が二人をエヴァラードの家に連れて行き、ダニエルズは包帯を巻かせた偽の首相とオマーフィを伴って予定通り行動。渡航後に行方不明になることで、首相がフランスでさらわれたと見せかけたわけです。
ダニエルズが猿ぐつわを噛まされていたのも、フランスでと思わせる偽装の一つ。さらに素性の不明確なオマーフィに嫌疑を向けさせるため、偽物をドイツの諜報員が集まるお店で失踪させました。
現実との関連
首相が出席した連合国会議は、1919年に開催されたパリ講和会議ではないかと思います。会議で負担を背負わされるのがドイツ、ヴェルサイユという開催地、時期も一致。ただし本作での開催日は木曜でしたが、パリ講和会議が始まった1月18日は現実では土曜という違いがあります。
当時のイギリス首相はデビッド・ロイド・ジョージなので、デイヴィッド・マカダムは架空の人物。しかし「闘うマック」というニックネームは、ロイド・ジョージが軍を主導していたことから取られたのではないかと思います。本作の最後でマカダムは力のこもった演説をしたとありますが、ロイド・ジョージはパリ講和会議でも一人の主導者としてヴェルサイユ条約の締結に大きく貢献しました。
また、ポアロを紹介したベルギーの国王は、在位期間から考えるとアルベール1世でしょう。アルベール1世はドイツが侵略してきたときに、「ベルギーは道ではない。国だ」と強く述べた人物。おそらくポアロがイギリスに亡命するまでに、何かしらのかかわりがあったのだと思います。
ドラマについて
デヴィッド・スーシェが主役を演じる海外ドラマ「名探偵ポワロ」では、1990年に『誘拐された総理大臣』というタイトルで本物語を放送しました。以下は原作との主な相違点です。
- 運転手の名前がイーガン
- ポアロが依頼を受けるのが事務所ではない
- 首相が出席しなければならない会議の時間が夜8時半開始で猶予が32時間
- ポアロがいろいろな場所へ行き調査する
- ジャップが病院のリストを用意する
- ダニエルズの妻が登場し深く関わっている
- ダニエルズの父が首相に政治生命を絶たれている
- ずけずけ言い過ぎる仕立て屋が出てくる
- ヘイスティングスのポンコツ車が子どもにイタズラされる
首相がさらわれるという部分は同じですが、物語は原作と大きく異なっています。まずは登場人物とその関係性。ダニエルズが首謀者の一人であるところは原作通りですが、彼の妻であるイモジャン・ドナヒューが結託。さらには運転手のイーガンも二人の協力者でした。
ポアロがさまざまな場所に訪れ調査するのも原作と異なる点です。脇道、車、イーガンの家、ダニエルズの家、ドナヒューの家などなど。ヘイスティングスがドナヒューを車で尾行したり、レモンが二年前に起きた火事のことを覚えていて活躍する場面も追加されています。
そして結末。ポアロが首相の監禁されている場所を特定したことで政府は軍を出動。ダニエルズとイーガンは確保されますが、ドナヒューは「エリン・ゴブラー(アイルランドよ永遠に)」と叫び自らを撃って命を絶ちます。
感想
最初の襲撃にも関連がある、というかむしろこっちの方がメインだったというのは意外性がありました。しかもダニエルズの「大騒ぎをするな」という偽証は、強気な首相の性格をも利用してのことでしょう。ただもし本当に強気を示すならば、「大丈夫だ」とフランスに行く前にも振舞うような気もします。
会議まで首相を監禁できたとして、ダニエルズとエヴァラードはその後どうするつもりだったのでしょうか。会議がドイツに有利になるまでそのままにしておく気だったのか。エヴァラードが指名手配されていたというのが引っ掛かりますが、もしかしたら二人は自国のために命を捨てる覚悟だったのかもしれません。
ポアロが診療所を回っていたのが四時過ぎ。それから首相を助け出し空港に送り届けると、六時くらいにはなっていたでしょうか。さらに飛行機に乗り会議の場所までの移動時間を考えると、ポアロが貴重と言った15分の間に到着したのではないかと思います。
少しでも楽しんでもらえたら嬉しいです。読んでいただき、ありがとうございました。
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