這う人(ホームズ)のネタバレ解説・あらすじ・感想

這う人(ホームズ)のネタバレ解説・あらすじ・感想

アーサー・コナン・ドイルのシャーロック・ホームズシリーズ『這う人(這う男)』。この物語は、ある日を境に生物学の教授が奇怪な行動をとりだした謎を追う、『シャーロック・ホームズの事件簿』に収録されている短編小説です。

そこでこのページでは、本作品の結末などの解説と考察を行います。すべてネタバレになりますので、「まだ読んでない」という方は十分にご注意ください。

物語について

解説する前に、登場人物とあらすじをざっとおさらいしておきます。「そんなの必要ないよ」という方は読み飛ばしちゃってください。

登場人物

『這う人』の登場人物は以下です。

登場人物名 説明
シャーロック・ホームズ 私立探偵
ジョン・H・ワトスン 医師
プレスベリー 生理学者、教授
トレヴァー・ベネット プレスベリーの助手
イーディス・プレスベリー プレスベリーの娘、トレヴァー・ベネットの婚約者
アリス・モーフィ プレスベリーの婚約者
マーサー ホームズの使い
ドラーク プレスベリーの文通相手

あらすじ

都合が良くても悪くても来いという電報に応じてワトスンがベーカー街のアパートに行くと、ホームズはじっくり考えこんでいた。犬の性格は家庭生活に反映するという問題の実例、プレスベリー教授のシェパード犬がなぜ噛みつこうとしたかについて思索していたのである。

プレスベリーは同僚の教授の娘・アリスと突然婚約して以降、こそこそ一人で旅行したり不思議な小箱を保管するようになった。そして廊下で這うように歩く姿や、梯子もなしに三階まで上ってくる奇行も目立つようになったという。

解説と考察

それでは本物語の解説と考察に移ります。

奇怪な行動の真相

地を這ったり三階まで上ったりしたプレスベリー教授の奇怪な行動は、若返りのために注入した尾長猿のエキスの副作用によるものでした。きっかけは自分より遥かに若いアリス・モーフィとの婚約。アリスから好かれるためには、なんとかして自分も若返るしかないと考えたがゆえの行動でした。

婚約をしてからのプレスベリー教授の行動をまとめると次のようになります(西暦は1903年)。

日付 行動
6月某日 アリスと婚約、プラーグへ二週間旅行
7月2日 小箱を見つけたベネットに激怒、飼い犬に噛みつかれる
7月11日 飼い犬に噛みつかれる
7月20日 飼い犬に噛みつかれる
8月26日 興奮状態
9月4日 廊下を這う
9月5日 三階にあるイーディスの部屋までよじ登る

※ベネットがホームズに相談に来たのが9月6日です(冒頭でワトスンが9月初旬の日曜日と書いていることとも一致)。

プレスベリー教授の異常な行動が7月2日から9日おきに見られること。この点に着目したホームズは、次に何かあるとすれば火曜日だと推測します(9月4日と5日の例外に対しては、「その点が問題をいっそう錯雑させる」と発言しています)。

ただ気になる日にちの間隔が二つ。一つは8月26日で、7月20日から9日おきに数えると日にちとしては8月25日になるはずです。もう一つはホームズが次に何か起こると予想した火曜日(9月15日)。直近で異常な行動が見られたのは9月5日(土)なので、次の予定としては9月14日(月)になるはずです。

ホームズがワトスンに説明するときに言った「一度だけの例外」は、9月4日と5日の連続したところではなく8月26日のことを指している可能性もあります。いずれにしても直近で法則外のことが起こっているので、ホームズが予想した日にち以外も警戒した方が良かったといえるのではないでしょうか。

ホームズ作品史上最大のナンセンス

『這う人』はホームズ作品の中でも最大のナンセンスと言われています。動物のエキスを人間の体内に注入したら、副作用でその動物のような行動をするようになっちゃったのだから無理もありません。

ではなぜこんな突飛な話をコナン・ドイルは書いたのでしょうか。どうやらブラウン・セカールという医学者が発表した、イエウサギ(カイウサギ)のエキスを使った若返り法に影響されているようです。ドイルは医師でもあったので、最新の論文にも目を光らせていたということでしょう。

科学的には正式に認められていないようですが、ドラマなどで出てくる臓器移植による記憶転移の現象があります。もしこれが本当にあり得て話を拡張すると、細胞の移植によってドナー(提供者)の行動がレシピエント(受給者)に表出することもあるはず。つまり本作のように猿から採ったエキスを注入すれば、その行動が人間に表れる可能性もゼロではないのかもしれません。

ドラマについて

ジェレミー・ブレットが主役を演じる海外ドラマ「シャーロック・ホームズの冒険」では、1991年に本物語を放送しました。以下は原作との相違点です。

原作との相違点
  • イーディスが窓に影を見たことがホームズに相談するきっかけ
  • ベネットがマックフェールを介してホームズに呼び出される
  • ホームズが吸い取り紙からドラークの名前を見つける
  • ホームズがプレスベリー教授の講義に出席する
  • ワトスンがドラークを訪ね取り巻きに圧力をかけられる
  • レストレードがプレスベリー教授の苦情を伝えに来る
  • アリスがプレスベリー教授に指輪を返却して婚約を破棄する
  • 動物が何匹も盗まれている
  • ホームズとワトスンが夜にドラークの店に侵入
  • 異様な状態のプレスベリー教授がアリスの家へ行ったところで捕らえられる
  • ロイがシェパード犬じゃない

おおまかには原作に則っていますが、多くの追加・変更が施されています。いちばんは動物の盗難が相次いで起こっていたことでしょうか。最終的にホームズとワトスンがドラークの取り巻きを退治しゴリラの檻に閉じ込めちゃうのは、ちょっとしたお笑い要素でした。

アリスがプレスベリー教授との婚約を破棄することも物語の結末に関与しています。動物の体液を注射したプレスベリー教授がアリスの家へ押し入ったのは、愛とか寂しさとか本能が表れた結果でしょう。プレスベリー教授を演じたのはチャールズ・ケイという役者さんですが、あの動き練習したんですかね。

感想

ミステリーとしてはナンセンスだと思いますが、個人的にチャレンジングな作品だと受け止めることにしました。こんなに突飛で、ある意味インパクト大のホームズ作品はほかにありません。そして何が凄いって、プレスベリー教授がしていた尾長猿のエキスの投与を、直前とはいえホームズが見抜いたことです。

最後、ホームズは次のように激怒しました。

野卑で肉欲的で世俗的な人間がみんな、用もないのに生きながらえることになる。崇高な人間は、さっさとより高いところへ行くのをいとわないからだ。そうなれば世のなかは生存の価値のないものばかりになる。それではこの世はまるで汚水だめと選ぶところがないではないか!」

出典元:新潮文庫『シャーロック・ホームズの事件簿(這う人)』コナン・ドイル/延原謙訳

強欲な人間への風刺。ドイルが本作に込めた思いそのもののような気がします。

プレスベリー教授が愚行に走ったのは、アリスへの恋が理由でした。年齢など関係なく、恋とは良くも悪くも人を狂わせてしまうもの。本当にプレスベリー教授はアリスのことを好いていて、長い時間をいっしょに過ごしていきたかったのでしょうね。

少しでも楽しんでもらえたら嬉しいです。読んでいただき、ありがとうございました。