二重の手がかり(ポワロ)のネタバレ解説・あらすじ・感想
アガサ・クリスティーのポアロシリーズ『二重の手がかり』。この物語は、盗まれた宝石が入っていた金庫から二つの手がかりが見つかる、『教会で死んだ男』に収録されている短編小説です。
そこでこのページでは、結末など本作品の解説と考察を行います。すべてネタバレになりますので、「まだ読んでない」という方は十分にご注意ください。
物語について
解説する前に、登場人物とあらすじをざっとおさらいしておきます。「そんなの必要ないよ」という方は読み飛ばしちゃってください。
登場人物
『二重の手がかり』の登場人物は以下です。
登場人物名 | 説明 |
---|---|
エルキュール・ポアロ | 私立探偵 |
アーサー・ヘイスティングス | ポアロの友人 |
マーカス・ハードマン | 資産家 |
ジョンストン | 南アフリカの億万長者 |
ヴェラ・ロサコフ | ロシアの伯爵夫人 |
バーナード・パーカー | 宝石の仲介人 |
ランコーン卿夫人 | イギリスの貴婦人 |
あらすじ
呼び出したポアロとヘイスティングスに、ハードマンは十四回も同じセリフを吐いていた。宝石類が紛失したのだが、事情があって警察に連絡できず苦悩していたのである。
ハードマン主催のティー・パーティー終了後、宝石類がなくなっていることが発覚。部屋に戻って来たヴェラ・ロサコフ伯爵夫人、ランコーン卿夫人、ジョンストン、バーナード・パーカーの四人が容疑者の候補だった。
解説と考察
それでは本物語の解説と考察に移ります。
黒幕と二重の手がかり
ハードマンの宝石を奪ったのは、ヴェラ・ロサコフ伯爵夫人でした。ロサコフ伯爵夫人の言い分では、ロシア人には浪費癖があるというのが理由。手口は特に説明がありませんでしたが、おそらくハードマンの言う通り金庫の扉が閉まっていなかったのでしょう。
金庫で見つかったのが、「男ものの手袋」と「BとPのイニシャルがあるシガレットケース」。これらをポアロは二重の手がかりと呼び、次のように考えました。
- 二つともパーカーのものである場合迂闊過ぎる
- 誰かがパーカーの仕業に見せかけようとするならどちらか一つで良い
- 一つはパーカーのものでもう一つは違う人物のもの
捜査の結果、手袋がパーカーのもの、シガレットケースがロサコフ伯爵夫人のものだと明らかになります。ロサコフ伯爵夫人は手袋でパーカーの仕業に見せかけようとしましたが、自分もうっかりシガレットケースを落としてしまったわけです。
ポアロの説明通り、ロシア語のアルファベットの「B」は英語の「V」、「P」は「R」に相当。ヴェラ・ロサコフ(Vera Rossakoff)をロシア語で書くと「Вера Россакова」となります。
ロサコフ伯爵夫人
本作は後の物語でも登場するヴェラ・ロサコフ伯爵夫人の初登場作品です。ロサコフ伯爵夫人はポアロに「非凡」だと言わせた女性。ただしこの時点ではヘイスティングスの手記だからか、ポアロの気持ちは詳しく書かれていません。
時がだいぶ経ってからの作品に次の文章があります。
あの伯爵夫人がかれをとりこにし悩殺した魅惑の網から、どうしても逃れることができなかった。かれが最後に彼女に会ってからもうかれこれ二十年になるが、その魔力はまだ効いていた。
出典元:ハヤカワ文庫『ヘラクレスの冒険(ケルベロスの捕獲)』アガサ・クリスティー/高橋豊訳
つまりポアロは長い時間、ロサコフ伯爵夫人に強烈に魅かれ、恋心とも言える感情を抱いていたわけです。
ではポアロにそこまでの感情を抱かせた要因は何でしょうか。それは「潔さ」だと思っています。なぜならポアロがそれまで出会ってきた悪人は、言い訳や悪態をついたりと何かとみっともない真似を見せていたからです。そんな悪人たちと一線を画しすべてを潔く認めた態度に、ポアロは魅了されたのだと思います。
ドラマについて
デヴィッド・スーシェが主役を演じる海外ドラマ「名探偵ポワロ」では、1991年に本物語を放送しました。以下は原作との主な相違点です。
- 相談者がジャップで警部解雇の危機に陥っている
- パーティーの参加者が多数
- ハードマンの屋敷の周りを浮浪者がうろついている
- ポワロが窓を気に掛ける
- ポワロがロサコフ伯爵夫人にデレデレ
- ヘイスティングスとレモンが一緒に捜査する
- ランコーン婦人の旧姓もB.P.
- ポワロが浮浪者の仕業という噓の推理をしてロサコフ伯爵夫人を逃がす
- ポワロがヘイスティングスの運転で夏の訪れを感じる
黒幕はロサコフ伯爵夫人と同じですが、さまざまな追加・変更点があります。まずはポワロが関わることになったきっかけ。ジャップが相談者になっており、それまでに起きた三件の盗難で何も進展がないため責任を取らされる危機に陥っています。
あまりにもポワロがロサコフ伯爵夫人にご執心なので、ヘイスティングスとレモンが捜査を開始。ヘイスティングスはMGを運転する浮浪者に撃たれ、額に傷を負ってしまいました。しかし浮浪者はポワロが手配した探偵の変装で、撃ったのも空砲。最後はロサコフ伯爵夫人をアメリカに逃がすため、ポワロはすべてを浮浪者の仕業だと噓の推理を披露します。
ハードマンの屋敷のロケ地は、「シュラブウッド(Shrubs Wood)」というカントリーハウスのようです。また、ポワロとロサコフ伯爵夫人がシャガールの絵を見た場所には、「セナート・ハウス図書館(Senate House Library)」が使われています。
感想
トリックと呼べるようなものはないですが、二重の手がかりの解釈は面白かったです。ただその解釈はポアロが物事を難しく考えてしまう証。逆に不自然なほど証拠が残っていたとしたら、ポアロには効果的なのかもと思いました。
ロサコフ伯爵夫人はともかく、残りの容疑者だった三人も怪しい行動を取り過ぎです。ハードマンがいっしょではないときに、コレクションルームに入ったのですから。もしかしたら盗みはしなかったものの、三人もそれなりの葛藤があったのかもしれません。
ポアロはロサコフ伯爵夫人のずぶとい神経を目の当たりにした後、階段を踏み外してしまいました。つまりポアロが女性に心を奪われて、周りが見えなくなったということです。これまではヘイスティングスがそうでしたが、ポアロも魅かれた女性の前では冷静でいられなくなることの表われだと思います。
少しでも楽しんでもらえたら嬉しいです。読んでいただき、ありがとうございました。
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