メソポタミヤの殺人(ポワロ)のネタバレ解説・あらすじ・感想
アガサ・クリスティのミステリー小説『メソポタミヤの殺人』。この物語は、遺跡発掘隊の宿舎で隊長の妻が不可解な状況で命を奪われる、ポアロシリーズの長編小説第十二作目(中近東シリーズの長編第一作)です。
そこでこのページでは、「人物相関図」や「物語のポイント」を確認しながら、本作品の解説と考察を行います。すべてネタバレになりますので、「まだ読んでない」という方は十分にご注意ください。
物語について
解説の前に、最終的な人物相関図とあらすじをざっとおさらいしておきます。「そんなの必要ないよ」という方は読み飛ばしちゃってください。
最終的な人物相関図
以下は、本作品の登場人物の最終的な相関図です。パソコンの場合は画像をクリックして拡大、スマホの場合はピンチアウトしてご覧ください。
あらすじ
◆ ヤリミア遺跡の発掘調査隊
バグダッドで一仕事終えたエイミー・レザランが、ヤリミア遺跡で調査隊長をしているエリック・ライドナーに妻・ルイーズの看護を頼まれる。体はいたって健康なのだが、ルイーズは何かを怖れ神経を昂らせているというのだ。
エイミーは遺跡に行く前に調査隊の雰囲気が張り詰めていること、その原因がルイーズにあるウワサを聞く。現地の宿舎に着きルイーズは予想に反して好人物に映ったが、隊員たちの間には確かに奇妙な雰囲気を感じた。
◆ ルイーズ・ライドナーの絶命
ルイーズの不安は、亡くなったはずの前夫・フレデリックからのゆすりの手紙が原因だった。しかも手紙はイラクにまで届き、今にも命を奪ってやるというような怖ろしい内容だったのである。
翌日の午後、ルイーズが自室のベッドのそばで右のこめかみを殴打され息絶えているのが発見される。外部の者の凶行かと思われたが、宿舎の唯一の入口で見知らぬ人間は目撃されていなかった。
◆ ポアロに調査の依頼
あまりにも奇怪な悲劇だったため、偶然にもシリアから帰っている途中だったポアロに捜査の依頼をする。ポアロが隊員全員に話を聞き、悲劇が起きたのは見立て通り1時半ごろ、アン・ジョンソンが同時刻にかすかな叫び声を聞いていたことがわかった。
ルイーズの前夫(あるいは彼の弟)が生きており、調査隊の中に紛れ込んでいる可能性。そして調査隊の誰かが別の理由で手を下した可能性を考慮する中で、ルイーズとケアリーが実は惹かれ合っていたとシーラ・ライリーが話した。
◆ ルイーズの人格
謎を解く鍵がルイーズの人間性にあると確信したポアロは、隊員ひとりずつに意見を聞いてまわる。その過程でジョーゼフ・マーカドの皮下注射の痕、亡くなる前のルイーズを怯えさせた仮面が見つかった。
葬儀の夜、外から中に入る方法がわかったとエイミーに話したジョンソンが塩酸を飲んで絶命。さらにラヴィニ神父の失踪という騒ぎも起こったが、ポアロは美しい日の出を見てすべての謎の真相をとらえる。
解説と考察
それでは本物語の解説と考察に移ります。
黒幕と動機
ルイーズの命を奪ったのはエリックで彼は最初の夫のフレデリックでした。動機は過ぎた愛情。ルイーズが自分以外の男性・ケアリーを愛したことが許せなかったのです。
エリックはルイーズにゆすりの手紙を送っていましたが、意図としては次の3段階に分けられます。
- 自分以外の男性と結婚させないため(エリックと結婚する前)
- フレデリックとは別人だと植え付けるため(エリックと結婚した直後)
- 本当に命を奪うという予告(遺跡に来てから)
エリックになりふたたびルイーズを妻としましたが、自分のときだけ手紙が来ないのは不自然。そう考えたエリックは結婚後に手紙を書き、フレデリックとは別人だと印象付けました。ガスの一件もエリックの仕業で、より強く印象付けるため。そして遺跡に来てからのものは、ルイーズがケアリーを愛したがゆえの激情の手紙、いわば命を奪うという予告でした。
ジョンソンを亡き者にしたのは真相を知られてしまったから。凶器をベッドの下に隠し、あわよくば良心の呵責に耐えかねて自ら命を絶ったと思わせる目論見もありました。
ルイーズの人格
ポアロが謎を解く鍵として重要だと考えたのがルイーズの人格です。本質的に自分を愛し権力を好む女性。これがポアロが導き出したルイーズ像で、悲劇の根本にかかわってきます。
まずはフレデリックへの裏切り。ルイーズ本人は愛国心から政府に情報提供したと話しましたが、本当の動機は自由を欲したからです。つまり自分が誰かの陰に隠れるのを嫌がり、主役でいたかったということ。ルイーズの人格から生まれた欲求でしたが、フレデリックに執着させるきっかけを与えてしまいました。
もう一つがケアリーへの愛情。最初は男女問わず支配下に置きたいという欲求がきっかけでしたが、ルイーズは本当にケアリーを愛してしまいました。この事実をエリックが知ってしまったことで、ルイーズの命を奪う決意が固まったわけです。
ルイーズの人格はこの二つの要素、命を奪う動機にかかわってくるためポアロは重要だと考えたのでしょう。補足としては、エイミーのように何もしなくても賞賛するような人にはそのままさせておく。意のままにならないと豹変して冷酷になるのも、権力を好む性格から表れた一面です。
命を奪った方法
本作品の最大の謎は、どのようにしてルイーズが命を奪われたかでしょう。以下はルイーズが亡くなった時刻(1時半くらい)に関係者がいた場所と、命を奪った方法を表した図です。
エリックは命を奪った1時間後を頃合いとみて、ルイーズの部屋に入り次の行動をとります。
- 窓を閉める
- 遺体をベッドとドアの中間に運ぶ
- 窓の下と洗面台の下のカーペットを入れ替える
カーペットの入れ替えは、窓の下のものに血が付いてしまったから。トリックが窓に関係すると勘づかれたくなかったために行なった次善策でした。
ここで重要なのがエイミーの役割です。トリックには自分のアリバイがカンペキな時刻に、信頼のおける人物が落命後1時間だと証言する必要がありました。エイミーは自分に疑いがかからないようにする、いわばトリックの重要な駒だったのです。
ジョンソンが耳にした叫び声は、ルイーズの部屋の窓が開いていたから聞こえました。ポアロとエイミーが実験をしますが、直接的に窓の状況が書かれていません。したがって答えに行きつくためには、どのような状況かを事前の情報から組み立てておく必要があります。
ドラマについて
デヴィッド・スーシェが主役を演じる海外ドラマ「名探偵ポワロ」では、2001年に『メソポタミア殺人事件』というタイトルで本物語を放送しました。以下はキャストと、原作との主な相違点です。
登場人物名 | 役者名 |
---|---|
エルキュール・ポワロ | デヴィッド・スーシェ |
アーサー・ヘイスティングス | ヒュー・フレイザー |
エリック・ライドナー | ロン・バーグラス |
ルイーズ・ライドナー | バーバラ・バーンズ |
リチャード・ケアリー | クリストファー・ボーエン |
アン・ジョンソン | ダイナ・スタブ |
ラヴィニー神父 | クリストファー・ハンター |
ジョーゼフ・マーカド | アレクシ・ケイ・キャンベル |
マリー・マーカド | デボラ・ポプレット |
ビル・コールマン | ジェレミー・ターナー・ウェルチ |
エイミー・レザラン | ジョージナ・サワビー |
シーラ・メイトランド | パンドラ・クリフォード |
メイトランド | イアン・ミッチェル |
- 登場人物と人間関係
- 遺跡の中でアラブ人が首を絞められる
- 遺跡がバグダッドのそばで宿舎に2階がある
- ルイーズが怪しい男を目撃したのがヘイスティングスといるとき
- エリックとルイーズの結婚直後の手紙が来ていない
- ジョーゼフが自らの命を絶つ
- ジョンソンが真相に気付いたことを話したのがポワロとヘイスティングス
- ポワロがロサコフ伯爵夫人に振り回される
黒幕やトリックは原作と同じですが、登場人物や人間関係に大きな違いがあります。原作にいてドラマに出てこないメインの登場人物は、ライリー医師、ライター、エモット。シーラがメイトランド署長の娘になっており、ヘイスティングスを登場させるにあたりコールマンを甥にしています。
ヘイスティングスがポワロの助手を務めるため、エイミーの活躍が少ないのがいちばん大きな違いかもしれません。なぜなら原作ではエイミーの主観で物語が進み、その中に独特な印象や言い回しがあるからです。それから中庭にいたエモットの役割はラヴィニー神父、ジョーゼフがアラブ人の首を絞め自らの命を絶つというエピソードも追加されています。
宿舎の外観のロケ地は、チュニジアのウティナ(Oudhna)という場所です。イラクではありませんが、中近東であるため雰囲気は出ていると感じます。
感想
宿舎の中に目を向けさせておいて実は外側。トリック自体も面白かったですが、読者の誘導が巧みだなと思いました。そのうえ文章は直接的な表現を避けている記述が多くみられます。もっともいいなと感じたのは、ルイーズの部屋をポアロが調べたときの次の表現です。
窓を開けて鉄格子を調べ、そのあいだに頭を入れ、肩がすり抜けるだけの広さがないことを確かめて、満足したようだった
出典元:ハヤカワ文庫『メソポタミヤの殺人』アガサ・クリスティー/石田善彦訳
ポイントは否定的に書かれていることでしょう。窓の外に頭だけは出せるけど、その事実を濁す工夫が施されています。
少し疑問に思ったのは、エリックが自分に疑いがかからないよう細工をしたこと。エリックにとってはルイーズがすべてでした。したがって最愛の女性を消す決意をしたのなら、ほかのことはどうでもよかったのではないでしょうか。物語にならなくなってしまいますが、エリックがなぜ手間のかかる方法を選んだのかは謎です。
発掘隊の雰囲気を悪くしたのはリーダーのエリックだとポアロは説明しますが、根本的にはやはりルイーズだったと思います。それからエイミー節の記述。「この小生意気な娘は本当に独断的だ」などシーラの表現を筆頭に、かなり口が悪い文章があるのも面白かったです。ただ心の中の悪い声を公表して大丈夫なのかなという心配はあります。
少しでも楽しんでもらえたら嬉しいです。読んでいただき、ありがとうございました。
その他のポアロ作品のネタバレ解説はコチラから探せるので、良かったらご参照ください。
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