牧師館の殺人(マープル)のネタバレ解説:あらすじや相関図もアリ

牧師館の殺人(マープル)のネタバレ解説:あらすじや相関図もアリ

ミステリーの女王と呼ばれるアガサ・クリスティの長編小説『牧師館の殺人』。この物語は、詮索好きで人間観察が趣味であるミス・マープルが、初めて村で起きた大きな謎を解き明かす記念すべき作品です。

そこでこのページでは、「人物相関図」と「物語のポイント」を確認しながら、本作品の解説と考察を行います。すべてネタバレになりますので、「まだ読んでない」という方は十分にご注意ください。

物語について

解説の前に、最終的な人物相関図あらすじをざっとおさらいしておきます。「そんなの必要ないよ」という方は読み飛ばしちゃってください。

最終的な人物相関図

以下は、本作品の最終的な人物相関図です。パソコンの場合は画像をクリックして拡大、スマホの場合はピンチアウトしてご覧ください。

相関図

あらすじ

◆ 本当に命を落としたプロザロー大佐

「誰かがプロザロー大佐を殺してくれたら、社会にあまねく貢献することになるのに」。
聖職者のレオナルドがこんなことを言うほど、プロザロー大佐はセント・メアリ・ミード村で有名な嫌われ者だった。

ある木曜日、いたずら電話の呼び出しから牧師館に戻ったレオナルドは、門の前で青ざめた顔のローレンスとすれ違う。奇妙に思いながら書斎に入ると、頭を撃ち抜かれたプロザロー大佐が書き物机の上に倒れていた。

◆ 二人の自白

机の上には「6時20分」から始まるメモが残され、時計は「6時22分」を指して破損。牧師館の習慣で、時計は15分進んでいたのだが…。

翌日、ローレンスが警察に自首をしたが、アリバイがあったため嘘をついていると思われた。するとさらにプロザロー夫人までが自白を始め、事態は混乱を極める。

◆ 振り出し

ローレンスもプロザロー夫人も嘘をついていた。お互いがお互いを疑い、庇い合っていたのである。

捜査は振り出しに戻ったため、村の人全員に聞き込みを開始。村にはまだ、関係あるかは別として、さまざまな秘密が隠されていた。

◆ 村の秘密と真相

捜査が進むにつれ、村の秘密が徐々に明らかになる。グリゼルダとローレンスの関係、ストーン博士の正体、レストレンジ夫人の病気など。

そしてプロザロー大佐が実際に書いた手紙が発見され、手を下したのは副牧師のホーズだと断定。しかしそれさえも黒幕の計画であると、マープルは見抜いていた…。

解説と考察

それでは、本物語の解説と考察に移ります。

計画の手順

プロザロー大佐を亡き者にしたのは、ローレンスとプロザロー夫人の二人。計画をローレンスが立て、プロザロー夫人が実行に移しました。

ではどのような計画だったのか。解説のために、まずは二人のアリバイを中心にした表をご覧ください。

時刻 ローレンス プロザロー夫人 その他
15:45 牧師館訪問(拳銃を書斎に)
17:30 レオナルドに嘘の電話 夫と車で村へ
18:15 マープルの家の前を通る プロザロー大佐が牧師館到着
18:20 裏通りからアトリエへ 書斎からアトリエへ プロザロー大佐が撃たれる
18:30 アトリエから出てストーン、クラムと合流 (左同) 森の中から銃声が聞こえる
18:40 表通りから牧師館訪問(拳銃回収+手紙の細工) ハートネル家訪問
18:48 牧師館の門でレオナルドとすれ違う ハートネル家訪問

この表をもとにして、計画を図解すると次のようになります。

計画の図解

一見完璧なこの計画ですが、いくつかの偶然性が必要でした。例えば、プロザロー大佐が夫人の入室に気付かないこと。いくら耳が遠く机が壁側を向いているとはいえ、視界に入る可能性は多分にありました。気づいていたら「なぜ?」という問答、もしくは抵抗に遭っていたかもしれません。

ほかにもマープルが書斎に入るプロザロー夫人を見ていないことや、三時間弱放置していた拳銃が発見されないこと(メアリの性格やスケジュールを熟知していたと思われます)が必要です。これら偶然の一致を経て、プロザロー大佐は不幸にも命を落としてしまいました。

では、計画についてもう少し詳細に見ていきましょう。

侵入経路

牧師館に入る経路は、次の三つです。

牧師館への侵入経路
  1. 玄関から堂々と
  2. 裏の小道から
  3. 森の中から塀を越えて

まずは3の「森の中から」という可能性。これはレオナルドが調査した結果、森の中に踏まれた跡などが残っていなかったため消えました。

したがって1か2になるわけですが、ポイントは玄関からの場合はメアリ、裏の小道からの場合はマープルが証人になることです。メアリが嘘をつくことも考えられますが、仮にないとすると、プロザロー大佐が息絶えた時間近辺で牧師館に出入りしたのは、夫人、ローレンス、レオナルドのみ。つまりメアリを含む四人が、もっとも容疑者に近いことになります。

※玄関は常に開いていたため、こっそり何者かが侵入した可能性も残ります。

森の中から聞こえた銃声

森の中から聞こえたという銃声は、マープル、メアリ、プライス・リドリー夫人の三人が聞いていました。複数人が同じ証言をしていることから、プロザロー大佐を撃った音ではないと断定してよいでしょう。

では何の音だったのか。レオナルドが森の中で発見したピクリン酸により、音の正体が判明しました。目的は銃声とプロザロー大佐絶命の時間を結び付けること。あまり効果的なトリックとは言えませんでしたが、捜査をかく乱するくらいの意味はあったと思います。

手紙と時計

いちばんの難問は、プロザロー大佐が書いていたと思われる手紙と6時22分で止まっていた時計です。しかも牧師館ではわざわざ15分進めていたもんだから、余計に混乱を誘いました。

まず、手紙に書かれていたのは次の文章です。

悪いが、これ以上待てない。だがわたしはぜひとも…。

出典元:ハヤカワ文庫『牧師館の殺人(第五章)』アガサ・クリスティー/羽田詩津子訳

レオナルド宛てに向けて書かれていたため、一見すると会う約束にしびれを切らしたと捉えられます。しかし問題は「6時20分」という時間。6時半くらいになると聞いていたにもかかわらず、到着してわずか5分でこのような内容の手紙を書くなど矛盾にほかなりません。手紙を書いて怒るくらいだったら、メアリに伝言を頼んで出ていってしまえばいいわけですしね。

そう考えられれば、6時22分を指して止まっていた時計も怪しく思えます。ただ、咄嗟にこんな方法を思いつくローレンスは、やはり頭がキレると言えるでしょう。

黒幕解明のためのヒント

では文中に黒幕を示唆するヒントはあったのでしょうか。いちばんのヒントはマープルが言っていたように、ローレンスとプロザロー夫人がアトリエから出てきた様子の違和感に気付けるかです。

別れ話をしたはずなのに笑い合ってしゃべっていたなんて、深刻さの欠片もありません。この違和感をきっかけに二人が共謀していると考え、アリバイを細かく追っていくと真実にたどり着けたのではないかと思います。

ほかには上記で解説した侵入経路から考える容疑者もヒントの一つ。早々に自首したローレンスとプロザロー夫人の思惑に騙されないことも、ポイントになります。

その他の謎

プロザロー大佐絶命のニュースで揺れるさなか、村にはほかにも大小さまざまな秘密が隠されていました。以下はそれらの謎の解説です。

寄付金の横領

プライス・リドリー夫人が騒ぎ立てていた寄付金の紛失は、副牧師のホーズによる横領でした。この真実を突き止めたのがプロザロー大佐。ところがレオナルドに伝えようと牧師館に訪問したとき、ローレンスとプロザロー夫人によって亡き者にされてしまいます。

逆に考えると、この横領がなかったらプロザロー大佐は命を落としてなかったかもしれません。計画はあったため他の日に実行されたとは思いますが、少なくとも手紙による混乱はなかったでしょう。

プライス・リドリー夫人への電話

プライス・リドリー夫人にかけた誹謗の電話は、グリゼルダによるものでした。理由は牧師館について流している悪い噂を止めさせるため。ロンドンから早めに帰ってきて、足がつかないようローレンスのコテージからかけていました。

これにはマープルも手を焼いたらしく、次のように言っています。

銃声が森から聞こえたのとまったく同じ時刻にその電話がかかってきたことです。おかげで、ふたつにはつながりがあると信じさせてしまったのです。

出典元:ハヤカワ文庫『牧師館の殺人(第三十章)』アガサ・クリスティー/羽田詩津子訳

牧師館やレオナルドを想っての行動でしたが、この一件も混乱の要因となってしまいました。

グリゼルダとローレンスの関係

ローレンスはグリゼルダのかつての想い人。二人の関係がバレないようにするため、グリゼルダはソワソワと煮え切らない態度を取ります。プロザロー大佐の絶命と直接的な関係はありませんが、ローレンスはそれほど女性から見て魅力的な男性であることの証明です。

ストーン博士の正体

ストーン博士の正体は、考古学者ではなく盗人。「オールド・ホールの発掘」ともっともらしい理由をつけて、プロザロー大佐が所持する骨董品を狙っていました。ただ、レイモンド・ウエストが村に来なかったら、正体はわからなかったのではないでしょうか。

秘書のグラディス・クラムは「まったく知らなかった」と言い張っています。村で次の働き口を探しているくらいなので、おそらく真実でしょう。

それにしても静かなはずのセント・メアリ・ミード村に悪人が同時期に四人。とんでもない村です。

レストレンジ夫人の正体

怪しい雰囲気を漂わせていたレストレンジ夫人。その正体は、プロザロー大佐の最初の妻でありレティスの実の母でした。

病気が末期だったレストレンジ夫人は、命尽きる前にレティスに会おうとします。ところがプロザロー大佐が許さなかったため揉め事に発展。大佐からしたら、「勝手にいなくなっておいて何を今さら…」みたいな心情だったのでしょう。

レティス本人はというと、レストレンジ夫人が実の母だと悟っていたようです。最後に二人はいっしょに暮らすことになるので、本作品の中で最も心温まる要素ではないかと思います。

感想

マープルが話した次の言葉がとても印象的でした。

小説では、いちばん怪しくない人物がきまって犯人だということは知っています。でも、現実世界では、その法則があてはまった試しがありません。

出典元:ハヤカワ文庫『牧師館の殺人(第三十章)』アガサ・クリスティー/羽田詩津子訳

真相はいたってシンプルで、当初からもっとも疑わしかった人物が黒幕。ちょっと拍子抜けする方もいるかもしれませんが、個人的には一度容疑者から外したことで、裏の裏をかかれたような気分になりました。

この結末は、もしかしたら「シンプルな真実がもっとも重要」というメッセージを込めているのかもしれません。人間はさまざまなものごとを考え複雑化しようとする。しかし一番大事なことは案外単純なことだったりします。

相関図を作ってみて思ったのが、プロザロー大佐は村の中心人物だったということです。それは憎まれながらもさまざまな人と関わっていた証。実際、プロザロー大佐は自ら憎まれ役を買って、人を正しい道に戻そうとしていた真に優しい男だったのではないでしょうか。

マープルというキャラクターは、アガサ・クリスティーの祖母の一部分を投影しているそうです。これは『アクロイド殺し』に登場するキャロラインにも共通しているので、マープルと比較してみるのも面白いかもしれません。

少しでも楽しんでもらえたら嬉しいです。読んでいただき、ありがとうございました。