愛国殺人(ポワロ)のネタバレ解説・あらすじ・相関図・感想

愛国殺人(ポワロ)のネタバレ解説・あらすじ・相関図・感想

アガサ・クリスティのミステリー小説『愛国殺人』。この物語は、ポアロもお世話になっていた歯科医やその患者が次々と命を奪われる、ポアロシリーズの長編小説第十九作目です。

そこでこのページでは、「人物相関図」や「物語のポイント」を確認しながら、本作品の解説と考察を行います。すべてネタバレになりますので、「まだ読んでない」という方は十分にご注意ください。

物語について

解説の前に、最終的な人物相関図あらすじをざっとおさらいしておきます。「そんなの必要ないよ」という方は読み飛ばしちゃってください。

最終的な人物相関図

以下は、本作品の登場人物の最終的な相関図です。パソコンの場合は画像をクリックして拡大、スマホの場合はピンチアウトしてご覧ください。

相関図

あらすじ

◆ ヘンリイ・モーリイの絶命

ポアロの歯を診たヘンリイ・モーリイが、治療部屋で息絶えているのが発見される。持っていたピストルにはヘンリイの指紋しか付いていなかったが、自ら命を絶つ理由がなくそんな様子も見られなかった。

何者かに命を奪われたのかというと、妹、召使い、同僚、ページ・ボーイ、患者など誰もかれもに機会があった。しかしヘンリイは温厚な人物で、誰からも命を狙われそうになかったのである。

◆ 保守派の打破

患者の一人だったアムバライオティスが亡くなったことで、ヘンリイが自ら命を絶った説が一気に強まる。アムバライオティスが落命した原因が局部麻酔の過剰投与だったため、量を過ったヘンリイが自責の念に駆られたと考えられたのだ。

一方で保守派のアリステア・ブラントを狙った組織の仕業だと考える者もおり、現に過激な思想を持つ人も関係者にはいた。政治的な陰謀論も飛び交う中で、何の関係もなさそうなセインズバリイ・シールが失踪していることが判明する。

◆ セインズバリイ・シール

一か月以上が経ち、ついにセインズバリイ・シールの遺体が発見される。現場はチャップマン夫人が住むマンションで、遺体は腐敗がひどいばかりか顔が判別できないほどめちゃめちゃにされていた。

アルバート・チャップマンは諜報機関に属していると噂されており、妻ともども行方不明の状態。ところが医療記録から、セインズバリイ・シールだと思われていた遺体はチャップマン夫人であることが明らかになる。

◆ 愛国

警察には外務省からの圧力、ポアロにも捜査を止めるよう電話がかかって来た中で、首相とアリステアが狙撃される。さらには庭師として忍び込んでいたフランク・カーターが、アリステアを撃ったとしてハワード・レイクスに取り押さえられた。

逮捕されたフランクは撃ったことを認めず、秘密結社の仕事を手伝うためにアリステア宅に潜入していたと主張。俄かには信じられない話だったが、ポアロはアグネスとフランクとの会見を経て、一つの悲しい真実にたどり着く。

解説と考察

それでは本物語の解説と考察に移ります。

黒幕と動機

ヘンリイ・モーリイ、アムバライオティス、セインズバリイ・シールの三人の命を奪ったのは、アリステア・ブラントと妻のガーダ・ブラントでした。動機はガーダがいながらレベッカ・アーンホルトと結婚した事実を隠すため。広く言えば、イギリスという国に安寧をもたらしている唯一無二の自分を守るためでした。

きっかけはセインズバリイ・シールの出現。彼女はインドにいたときのガーダと本当に知り合いで、夫のアリステアのことも覚えていたのです。そして悪気は一切なかったものの、船で偶然出会い後に一緒に食事したアムバライオティスにアリステアのことをしゃべってしまいます。アムバライオティスにしてみれば、図らずも素晴らしい恐喝のネタを手に入れたわけです。

アリステアは自分をおびやかす存在になった二人の処理を決意。まずセインズバリイ・シールは知り合いということを利用し命を奪います。しかしアムバライオティスは警戒もしているため簡単にはいきません。そこで利用されたのが、誰もが無防備になる治療椅子の上。つまりヘンリイは何の理由もなく、アムバライオティスの命を奪う機会を得るためだけに亡き者にされたのです。

ポアロの目を向けさせ、すべてをなすりつけようとした人物がフランク・カーター。誰も信じないであろう秘密結社からの仕事で庭師として潜入させ、ヘンリイのと同じピストルで自分を撃ったと見せかけました。アムバライオティスはともかく、命を奪われたセインズバリイ・シールとヘンリイ、加えてフランクは、アリステアに言わせるとどうでもいい替えのきく存在。イギリスを守るための単なる犠牲に過ぎなかったのです。

セインズバリイ・シールとチャップマン夫人

命を奪われた三人の中で最初に消されたのはセインズバリイ・シールです。いちばんの目的はもちろん口封じですが、ほかの準備の意味もありました。それはセインズバリイ・シールの遺体をチャップマン夫人として処理すること。なぜそう処理したかったかというと、チャップマン夫人を捜査されるとガーダに行き着く恐れがあったからです。

身元の特定方法

アリステアたちが遺体を誤認させる方法として考えたのが、カルテからの身元特定です。そのために遺体に次の処理を施しました。

  • 顔をめちゃめちゃにする
  • 直前まで目撃されていたセインズバリイ・シール(ガーダ)の服を着せハンドバッグを残す
  • 靴はセインズバリイ・シール本人のを履かせておく

明らかに服装はセインズバリイ・シールなのに顔をめちゃめちゃにされていることで、チャップマン夫人に着せたのではないかという考えが浮かびます。では靴はどうなのかということになり調べてみると、これはサイズがピッタリでチャップマン夫人のもののように見える。どっちつかずになった結果、カルテから判断せざるを得なくなるという寸法です。

ダメ押しとしてチャップマン夫人の部屋にヘンリイの名前が書いてある手帳を残しておきました。これで二人が同じヘンリイの治療を受けていることがわかり、遺体を照合する方法を誘導したわけです。後でも触れますが、ヘンリイの診療室にあったセインズバリイ・シールとチャップマン夫人のカルテは照合前に入れ替えておきました。

計画についての考察

この計画について気になるところが二つあります。一つはチャップマン夫人が住んでいたマンションのポーターが、セインズバリイ・シールの目撃情報を一か月以上も伏せていたのは偶然だったということ。もしセインズバリイ・シールの失踪直後に通報していたら、遺体は命を奪われてから時間が経っていると判明します。しかしこの点は遺体がすぐにチャップマン夫人だと思われ、むしろ都合が良かったかもしれません。

もう一つは、本物のセインズバリイ・シールがヘンリイの治療を受ける必要があったこと。カルテをヘンリイに作らせるため越えなければならない壁でしたが、これはおそらくガーダがセインズバリイ・シールに勧めたのでしょう。さらに根本をたどると、アリステアが通院していたことでヘンリイの治療室が舞台に選ばれてしまったといえます。

トリック

アリステアがアムバライオティスの命を奪うために用意したトリックは、人間の行動の癖と時間差を巧みに利用したものでした。言い換えるとアリステアならではのトリックで、序盤に出てきた「時間に正確」という話がヒントの一つだったのかもしれません。それでは、そのトリックの解説に移ります。

アリステアがヘンリイを亡き者にしてから建物を出て行くまでに起きていたことを図にしたのが以下です。

アムバライオティスの命を奪うトリック

グラディスの存在が障壁の一つでしたが、叔母が病気という電報で解決。ヘンリイを一人にし、カルテを容易にすり替えることがこれで可能になりました。

アリステアが建物を出た後、フランクがヘンリイの診察室に入り遺体を発見して慌てて逃走。フランクは自分が疑われると思って嘘をつき続けますが、アグネスの証言によりごまかしきれなくなってしまいます。しかしこの目撃情報が、ヘンリイとアムバライオティスのほかにもう一人いた証拠。アリステアが腐った人間と評したフランクの存在が、皮肉にも致命傷につながってしまったわけです。

診療順

トリックを遂行する上で必要不可欠な要素が、ヘンリイの診察を受ける順番です。しかしこの点についてはいくつもの偶然が重なっているように思います。なぜなら診察の日時を決めるのはヘンリイで、アリステアには操作できないからです。

ヘンリイが緊急の患者のために15分のゆとりを作っておくという話がありました。アリステアがこの話と自分の治療が早く済むことを知っていれば、緊急だったセインズバリイ・シールの診察が次になるのは予測できたでしょう。ただアムバライオティスに関しては、その次になるよう操作できたとは思えません。

そもそもアムバライオティスがヘンリイの診察を予約したのも凄い偶然です。可能性があるとすれば、アムバライオティスに治療の必要があることを知ったアリステアが、ヘンリイに行き着くよう根回ししたことでしょうか。

マザーグースとの結びつき

本作はマザーグースであり原題にもなっている、「One, Two, Buckle My Shoe」の歌詞が各章のタイトルになっています。ただしストーリーを歌詞になぞっているだけで見立てではありません。次の表は、歌詞に物語をどう関連付けているかまとめたものです(個人的な解釈を含みます)。

歌詞 物語での意味
いち、にい、わたしの靴のバックルを締めて セインズバリイ・シールのバックル、物語の始まりを告げる
さん、しい、そのドアを閉めて アムバライオティスの絶命で真実へのドアが閉まる
ごお、ろく、薪木をひろって 情報を集めている段階
しち、はち、きちんと積みあげ 情報をまとめている段階
くう、じゅう、むっくり肥っためん鶏さん ポアロが老いを感じている
じゅういち、じゅうに、男衆は掘りまわる ポアロが掘られた罠にかかっていることに気づく
じゅうさん、じゅうし、女中たちはくどいている 女性たちの証言
じゅうご、じゅうろく、女中たちは台所にいて アグネスの目撃証言
じゅうしち、じゅうはち、女中たちは花嫁のお仕度 結末へ向かっている
じゅうく、にじゅう、私のお皿はからっぽだ… 謎はすべて解けた、嫌な結末で気持ちもからっぽ

すべてはポアロの心情や会話に紐づいていると考えられます。ただ「じゅういち、じゅうに」はフランクとハワードがアリステアの周りをうろついている、「じゅうさん、じゅうし」はリージェント公園の恋人たちという単純な意味かもしれません。

「One, Two, Buckle My Shoe」は数え歌の一つです。歌詞は英語だと韻を踏んでいるだけで、ほとんど意味はないと思われます。それをクリスティは物語として構築。しかも元のイメージとは真逆な政治色の強いシリアスな物語に仕立てあげているあたり、とてもギャップがあって面白いと感じます。

ドラマについて

デヴィッド・スーシェが主役を演じる海外ドラマ「名探偵ポワロ」では、1992年に本物語を放送しました。以下はキャストと、原作との主な相違点です。

登場人物名 役者名
エルキュール・ポワロ デヴィッド・スーシェ
ジェームズ・ジャップ フィリップ・ジャクソン
ヘレン・モントレザー ジョアンナ・フィリップス・レーン
アリステア・ブラント ピーター・ブライス
メイベル・セインズベリイ・シール キャロリン・コルクホーン
フランク・カーター クリストファー・エクルストン
グラディス・ネヴィル カレン・グレッドヒル
ヘンリー・モーリー ローレンス・ハリントン
ジョージーナ・モーリー ロザリンド・ナイト
ジェイン・オリヴェイラ サラ・スチュワート
ジュリア・オリヴェイラ ヘレン・ホートン
アンベリオティス ケヴォルク・マリキャン
アグネス・フレッチャー トリルビー・ジェームス
アルフレッド・ビッグズ ジョー・グレコ
原作との相違点

  • 登場人物が少ない
  • ポワロが待合室でカーターに会っている
  • セインズベリー・シールとアリステアが会うのをポワロが見ている
  • チャップマン夫妻の人違いがある
  • ヘレンがアリステアの秘書
  • ポワロが真相を話すときに関係者を集める

物語は原作にかなり近いですが、少しだけ違いがあります。一つは登場人物が少なくなっていること。モーリーのパートナーだったライリーや、ジェインの恋人であるハワード・レイクスが出てきません。

さらに原作ではポワロの推理をかき乱すレジナルド・バーンズも出てこないため、ドラマでは保守派のアリステアを亡き者にしようとする陰謀めいた要素は薄くなっている印象。フランクがアリステアを撃った疑いで確保されるシーンは原作通りありますが、取り押さえたのはヘレンでした。

最後にポワロが関係者全員を集めて真相を語ります。それとヘレンの肩書を除き、黒幕や動機、トリックなどすべて原作通りです。ただ個人的な印象ですが、アリステアの国を想う気持ちと人の命を奪うことの間で起こったポワロの葛藤が、少し弱くなっているような気がしました。

感想

命は平等なのか。フラットな視点で見れば平等だと思いますが、人間は感情を持つ生き物なので必ずしもそうでなくなります。家族、恋人、友人の落命と赤の他人のとでは、当然少なからず悲しみの差が生まれるからです。それがいわば愛なのであり、理不尽に命を奪われた際には刃にもなってしまうのでしょう。

ポアロも人間なので好き嫌いがあります。アリステアは尊敬に値し、フランクのような人間は黒幕だと思いたいほど嫌いでした。だから真実を明らかにするかの葛藤がにじみ出ていました。なぜなら胸に秘めておけば、自分の望む安寧を維持できるからです。それを乗り越え、自分の都合の良い世の中より人間の命は平等だという原則を貫いたポアロは、真の強さを持っていると感じました。

一方のアリステアですが、ポアロに話した次の意見にとても怒りが表れていると思います。

理想主義者連中 ー 頭の中には、実用的な知識の破片一つ持ってやしない

出典元:ハヤカワ文庫『愛国殺人』アガサ・クリスティー/加島祥造訳

要は口だけなら何とでも言えるということです。どんなに実践していくことが困難を伴うかも知らずに。そういう意味で知識を持ち結果を残してきたポアロは、アリステアも認めていた存在だったのではないでしょうか。

トリックについても時間や人の動きを使って面白かったですが、何よりも大胆だなと思ったのが「おしつけカード」。政治的な動機を隠れ蓑にして、私的にジャマな人々を排除していった点です。結局は自分が国に必要という政治的な動機に立ち返るのですが、目くらましには十分すぎるほどの効果があると感じました。

少しでも楽しんでもらえたら嬉しいです。読んでいただき、ありがとうございました。