雲をつかむ死(ポワロ)のネタバレ解説・あらすじ・相関図

アガサ・クリスティのミステリー小説『雲をつかむ死』。この物語は、ポアロも乗っていた飛行機の中で婦人の命が奪われる、ポアロシリーズの長編小説第十作目です。
そこでこのページでは、「人物相関図」や「物語のポイント」を確認しながら、本作品の解説と考察を行います。すべてネタバレになりますので、「まだ読んでない」という方は十分にご注意ください。
物語について
解説の前に、最終的な人物相関図とあらすじをざっとおさらいしておきます。「そんなの必要ないよ」という方は読み飛ばしちゃってください。
最終的な人物相関図
以下は、本作品の登場人物の最終的な相関図です。パソコンの場合は画像をクリックして拡大、スマホの場合はピンチアウトしてご覧ください。

あらすじ
◆ 蜂と吹き矢
パリからロンドンへ向かっていた飛行機「プロメテウス号」内で、乗客の一人であるマダム・ジゼルが命を落とす。息を引き取ってからは30分ほど経過していると見られ、のどの横に小さな穴のような傷があった。
遺体発見の直前には機内に蜂が飛び回っており、故人の足下からからは吹き矢も発見。なんとポアロの座席から筒も見つかったため、衆人環視の中での凶行の線も浮上した。
◆ 持ち物リスト
ポアロが容疑者という冗談のような評決が訂正された後、疑惑を持たれた本人は名誉挽回のためジャップらと食事会を開催。マダム・ジゼルが上流階級の人たちをスキャンダルでゆすり、莫大な資産を娘に譲る遺言状を書いていたことを知る。
さらに動機と機会の二つの面から容疑者について議論し、乗客の持ち物リストから目当てのものを発見。誰がマダム・ジゼルを亡き者にしたかわかったというが、依然謎も多く確たる証拠もないようだった。
◆ 関係者にもたらす影響
イギリスでの捜査はジャップに任せ、ポアロはフルニエとともにフランスでの聞き込みを開始した。わかったことはマダム・ジゼルがホーバリー伯爵夫人にお金を貸していたこと、そして昼の便の搭乗は何者かが仕組んだということである。
一方で幸不幸さまざまだったが、現場に居合わせたことが同乗客に影響を及ぼしていた。イギリスに戻って来たポアロはもっとも不幸を被っていたノーマンに恐喝者の真似をさせ、ホーバリー伯爵夫人から多くのことを聞きだしてみせる。
◆ アン・モリソー
ポアロがジェーンをともないふたたびパリに来て数日後、マダム・ジゼルの娘であるアン・モリソーが姿を現す。ついに表舞台に登場したアンはなんと、ホーバリー伯爵夫人のメイドのマドレーヌだった。
動機も機会もあったことからアンが黒幕だと思われたが、汽車の中で青酸の小壜を手に落命。悲劇的な結末で幕を閉じたかに見えた中、ポアロが晩餐会で真相を語り出す。
解説と考察
それでは本物語の解説と考察に移ります。
黒幕とトリック
マダム・ジゼルの命を奪ったのはノーマン・ゲイルでした。動機はマダム・ジゼルの持つ莫大な資産。まったく遺産相続には関係ないように見えましたが、ノーマンはひそかにマダム・ジゼルの娘のアン・モリソーと結婚していたのです。
ノーマンは飛行機の中で次の行動をし、マダム・ジゼルの命を奪いました。
- トイレに行く
- 乗務員に変装
- 食器棚からコーヒースプーンを取ってマダム・ジゼルの席へ
- 針でマダム・ジゼルを刺す
- トイレにふたたび行き元の姿で席に戻る
アタッシュケースの中にあった白い麻の上着が証拠の品です。これは乗務員の制服にそっくりで、休暇旅行中に持っているには不自然なものでした。スプーンがマダム・ジゼルのコーヒーカップに二本あったのも、乗務員がスプーンを持って席に行ったことを示唆するものです。
ミスリード
度胸と演技力で難なくやり遂げたノーマンでしたが、状況からして乗務員が疑われる可能性は十分にありました。頭のいいノーマンがそこで用意したのが、次の三つのミスリードさせるための要素です。
- 蜂
- 吹き矢
- ホーバリー伯爵夫人
蜂は心臓発作、つまり刺されて自然に息絶えたと見せかけるもの。この方向性に持っていければ誰にも疑いが向きません。ノーマンが蜂を放ったのはマダム・ジゼルの命を奪ったとき。蜂は所持していたマッチ箱の中に入っていました。
ただし蜂に刺されたという方向性は、誰かが命を奪ったと少しも疑われないことが絶対条件。なぜなら疑われたら検視されてしまい、ブームスラングが使われたとバレてしまうからです。そこで用意されたのが吹き矢。しかも矢は蜂の色にし、ミスリードの中にミスリードを仕込む周到ぶりでした。
何者かが命を奪った方向性になったときに黒幕として選んでおいたのがホーバリー伯爵夫人。マダム・ジゼルからお金を借りて苦しんでいることを、ノーマンはアンから聞いていたのです。動機があり同じ場に居合わせたとなれば、疑いの目が向くのは必然。ノーマンはそこまで考えて、ジュール・ペローを買収しマダム・ジゼルをホーバリー伯爵夫人と同じ飛行機に乗せるよう手配させたのです。
誤算
計画の遂行中、ノーマンにとっていくつかの想定外の事態が起こりました。中でも大きかったのは、ジェーンに本当に恋をしてしまったこと。お金を手に入れつつジェーンもものにしたいという焦りが、計画の破綻につながっていきました。
もう一つはアンが急きょ搭乗したこと。飛行機に乗っていなければ安全でしたが、これでマダム・ジゼルの命を奪う機会が生まれてしまったわけです。マドレーヌの正体がアンだとバレれば疑われることは必須。そして不運にもアンが遺産を要求した日が、ポアロのパリ滞在時と重なってしまいます。
そういう意味では、ポアロが同乗していたのが最大の誤算だったかもしれません。飛行機対策で寝ていたとはいえ、アンを目撃していたことがマドレーヌと結びつける要因になったからです。おまけに所持品からノーマンはいち早く疑惑の目を向けられため、変装や演技のうまさを見破られ、さらに南アフリカにいたことまで口走ってしまいました。
第一章の伏線
本作は第一章に多くの情報(伏線)が詰まっています。以下はそれらの中で、個人的に気づいたものをリストアップした表です。
伏線 | 意味・展望 |
---|---|
ノーマンがル・ピネにいた | カジノ好き |
ホーバリー伯爵夫人の欠けた爪 | ポアロがマドレーヌに気づく要因となる |
白い制服を着た客室乗務員 | ノーマンの上着と同じ色 |
マドレーヌがフランス娘 | マダム・ジゼルと血縁 |
ブライアントのフルート | 吹き矢の代わりになり得るもの |
ホーバリー伯爵夫人があのババアと考える | マダム・ジゼルとのつながり |
ホーバリー伯爵夫人のシガレットホルダー | 吹き矢の代わりになり得るもの |
ブライアントが人生の転換点と考える | 愛する患者との新しい生活 |
アルマン・デュポンのパイプ | 吹き矢の代わりになり得るもの |
ノーマンがトイレに行く | 変装 |
ジェーンが化粧を直す | 周りを見ていない |
乗務員がジェーンのテーブルにコーヒーを置く | ノーマンの変装 |
蜂の出現 | 乗務員に扮したノーマンが放つ |
特に着目すべきは最後の四つ。ノーマンがトイレに行っている間に乗務員がやってきて蜂が出現し、マダム・ジゼルが息絶えているのです。しかもその間、ジェーンは化粧に気を取られて乗務員のことは目に入っていません。わずか十数行の中に命を奪ったトリック、そして読者を欺く要素が詰まっているといえます。
また、乗務員の制服の色が白というのは、後に出てくるノーマンの上着の伏線でしょう。実は第一章だけでも、ノーマンの青紫色のセーター、マーガレットの黒い服、ルーレットの赤黒、ホーバリー伯爵夫人の赤い化粧箱など頻繁に色が出てきます。ジェーンが旅行用の洋服のことを考えている点と合わせて、着衣の色に注目せよとのヒントだったのではないでしょうか。
ドラマについて
デヴィッド・スーシェが主役を演じる海外ドラマ「名探偵ポワロ」では、1992年に本物語を放送しました。以下はキャストと、原作との主な相違点です。
登場人物名 | 役者名 |
---|---|
エルキュール・ポワロ | デヴィッド・スーシェ |
ジェームズ・ジャップ | フィリップ・ジャクソン |
ジェーン・グレイ | サラ・ウッドワード |
ノーマン・ゲイル | ショーン・スコット |
セシリー・ホーバリー | キャスリン・ハリソン |
ホーバリー伯爵 | デイビット・ファース |
ベネシア・カー | アマンダ・ロイル |
フルニエ警部 | リチャード・アイルソン |
アン・ジゼル | ジェニー・ダウンハム |
マダム・ジゼル | イヴ・ピアース |
ダニエル・クランシー | ロジャー・ヒースコット |
ジャン・デュポン | ガイ・マニング |
エリーズ | ガブリエル・ロイド |
ミッチェル | ジョン・ブリースデール |
レイモンド・バラクラフ | ハリー・オードリー |
- 飛行機の搭乗客が少ない
- ジェーンがスチュワーデス
- ポワロたちがテニスの大会を観戦した帰りに悲劇が起こる
- 吹き矢の筒をジャン・デュポンが所持している
- ポワロがクランシーの書籍を読み漁る
- ホーバリー伯爵がポワロのマンションを訪れる
- 吹き矢の実験をするのがポワロ
- 心理的空白の話をするのがジャップ
- ジャップとフルニエが険悪ムード
- 航空会社の名前が「エンパイア航空」
- ジャップが言葉の通じない老婆から話を聞きだして凄い
- クランシーが小説の登場人物に取りつかれている
- ポワロが真相を話す場にいた人物が多い
命を奪った方法や動機などは原作に則っていますが、ところどころ違いがあります。まずは登場人物をかなり削っており、ブライアント医師やジェームズ・ライダー、アルマン・デュポン(ジャンの話では亡くなっている)が出てきません。さらにセカンド・スチュワードだったアルバート・デイヴィスの代わりに、ジェーンがスチュワーデスとして飛行機に乗っています。
原作では飛行機に乗っている場面から物語が始まりますが、ドラマではポワロがパリの街を歩き回っているところからスタート。サクレ・クール寺院やパレ・ド・トーキョーでジェーンに会ったり、ホテルでホーバリー夫人らと一緒の場に居合わせたりしました。そしてフレッド・ペリーが出場しているテニスの大会を、ジェーンに連れられ観戦。ここでホーバリー夫人とマダム・ジゼルが揉めているところを目撃します。
最後のポワロが真相を話す場には、ホーバリー夫人とバラクラフ、ジャン・デュポンも列席。一通り疑いを向けた後、ノーマン・ゲイルが使ったトリックなどを語ります。原作では解決後、ポワロはジェーンにペルシャ行きを勧めますが、ドラマではそのシーンをカット。ただしジャン・デュポンに寄付をしているので、もしかしたらそれが暗示なのかもしれません。
感想
ノーマンの計画の巧みなところは、話の流れによってどっちに転んでもいいよう筋道を用意したことだと思います。理由は周りの話に乗っかることができるので、無理に軌道修正しないで済むから。加えて人はあり得そうな意図が読めるとそれに固執します。だから吹き矢なんていうおかしな方法でも、ジャップたちは真実と信じて捜査したのでしょう。
本作は随所に関係者に与える影響が記されています。テーマの一つであることは明確ですが、現実でも多かれ少なかれフィルターの入った考え方をしてしまうでしょう。面白いのが、表向きいちばんの不幸に見舞われたノーマンが黒幕だということ。目くらましとしての効果は抜群でした。
笑ってしまったところもいくつかあります。いちばんはジャップのポアロいじり。真面目に動機と機会のまとめをしている最中に交えてきてとても可笑しかったです。またクランシーが執筆を計画していた「航空便の謎」も支離滅裂、よく言えば奇想天外で、ある意味興味を惹かれました。
少しでも楽しんでもらえたら嬉しいです。読んでいただき、ありがとうございました。
その他のポアロ作品のネタバレ解説はコチラから探せるので、良かったらご参照ください。
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今、スーシェのポアロを見直しています。
このサイトが死ぬほど便利で、毎回参照しています。
あまりにありがたいので御礼のメールくらいしないとバチが当たると思い、コメントしました。
ほんとにありがとうございます。
激使っております。
チュ丼様、
嬉しいコメントありがとうございます。
そう言っていただけると、頑張って作った甲斐がありました。
これからも是非活用していただけると嬉しいです。