蜘蛛男(江戸川乱歩)のあらすじ・ネタバレ解説・感想

蜘蛛男(江戸川乱歩)のあらすじ・ネタバレ解説・感想

江戸川乱歩の推理小説『蜘蛛男』。この物語は、似た容姿の女性を狙い、芸術的な姿に変え世に晒す下手人「蜘蛛男」を追う、明智小五郎シリーズの「通俗もの」代表作です。

そこでこのページでは、小説「蜘蛛男」の解説と考察を行います。すべてネタバレになりますので、「まだ読んでない」という方は十分にご注意ください。

物語について

解説する前に、最終的な人物相関図とあらすじをざっとおさらいしておきます。「そんなの必要ないよ」という方は読み飛ばしちゃってください。

最終的な人物相関図

名前の付いている登場人物はあまり多くないですが、相関図にまとめると次のようになります。パソコンの場合は画像をクリックして拡大、スマホの場合はピンチアウトしてご覧ください。

相関図

あらすじ

◆ 前代未聞の残忍性

行方不明になった妹・芳枝の調査を依頼するため、里見絹枝は探偵の畔柳友助宅を訪れる。思い当たる節があった畔柳が捜査し発見したのは、六つに解体され石膏に塗り込まれた芳枝の身体だった。

数日後、今度は畔柳の名を語りおびき出された絹枝が失踪。絹枝は江ノ島の水族館で、魚といっしょに息絶えた状態で水槽に浮かべられていた。

◆ 次なる標的

以前にも、絹枝や芳枝の容貌によく似た人物が行方不明になっていることが判明。下手人には動機などなく、自分の好みにかなった女性を狙って芸術を披露していたのである。

街が恐怖に震えあがる中、畔柳のもとに一通の封筒が届く。中身は映画の試写の招待状で、主演女優の富士洋子を標的にするという挑戦状に他ならなかった。

◆ 黒幕の正体

撮影中の危険は何とか回避したものの、寝込んでいる最中に洋子はさらわれてしまう。必ず洋子のそばには一人以上がいる厳戒態勢だったにもかかわらず…。

捜査が難航する中、久しぶりに明智小五郎が帰国。状況を客観的に見た明智は、黒幕が畔柳であることを解き明かしてみせる。

◆ 芸術家の最期

逃亡した畔柳にはやり遂げるべき計画があった。49人の女性がガスで悶え苦しむ姿を、一か所に集めて知名な人々に鑑賞させることである。

あらかじめ計画を察知していた明智は、人形に扮して畔柳の芸術を阻止。裏を掻かれた畔柳は明智との攻防の末、自らを剣に突き刺し命を落とす。

解説

解説では、「畔柳=下手人」を示す、いくつかの状況証拠を追っていきたいと思います。

書斎に置かれた挑戦状

一つ目は、「青ひげ」より送られた畔柳への挑戦状。畔柳が書斎へ入ったときに見つかった挑戦状の中には、富士洋子を狙う日にちが書き記されていました。

この挑戦状が置かれたのは、次の状況です。

  • 幾人もの警官が家を見張っていた
  • 書斎に入った者はいない(書生談)
  • 夕べ書斎を最後に出たのは畔柳

まず、複数の警官が見張っていたことで、家に出入りしても怪しまれない人物だと推測できます。つまりこの前提条件で、畔柳、野崎、洋子の関係者、波越を含む警察関係者に絞れるわけです。

次に「書斎に入った者はいない」という書生の証言。仮に嘘をついている場合、書生が黒幕、もしくは共謀者であると断定できます。嘘をついていない場合、先ほどと同じく書斎に入っても怪しまれない人物に限られますが、畔柳以外の人物がいたら報告はするでしょう。

この時点で確証を得ることはできません。しかし、挑戦状をもっとも自然な形で置けるのは、状況証拠より畔柳です。夕べ書斎を出るときに置けば良いだけですからね。

消えた運転手

二つ目は、洋子を乗せた自動車の運転手が消失したこと。この騒動が起こったのは次の状況でした。

  • 確かに運転している者が乗っていた
  • 野崎と波越は動いている車を目撃していた
  • 車を見た作という百姓はまったく無関係
  • 車の中から畔柳が見つかる

野崎と波越は逃げようとしていた車を目撃。車は確かに運転している者がいたので、この二人は少なくとも洋子をさらうことはできません。ただしとぼけているだけで、運転手との結託説は考えられます。

次に誰かが作という百姓に扮していた可能性。これも野崎の調べによってすぐに否定されました。ではどこに消えたのか。ほかに怪しい人物が目撃されていないことからも、車に隠れていた畔柳がいちばん怪しいと言えるでしょう。

さらに作の話を聞いた後、野崎もこんなことを言っています。

畔柳博士の事務所へ帰って、この恐ろしい事実を報告するのがいやになった。探偵事務所というものが恐ろしくなった。

出典元:講談社『蜘蛛男(湧き起こる黒雲)』江戸川乱歩

考えられる可能性が一つしかなかっただけに、野崎は恐怖に包まれてしまったのでしょう。

波越の制帽から出てきた紙切れ

三つめは、波越の制帽から出てきた第二の挑戦状。前提条件として、波越の記憶上、一度も賊の手に落ちてないと言っています。嘘を言っている可能性もありますが、意味のある理由が考えられません。

つまり、これは畔柳が紙切れをわざと落とした演出。先に検証した二つの状況証拠からも、ますます畔柳が下手人であることを指し示しています。

洋子のすり替え

最後は洋子と人形のすり替え。看護婦が部屋を出ていく23時までは、洋子がスヤスヤ眠っていることが確認されています。

したがってすり替えが出来たのは、畔柳と波越のどちらか。その間、洋子を運び出せたのは、波越が門番の見回りに行っていたとき長い時間一人になれた畔柳だけ。困難とされた侵入も、部屋から梯子をかければ容易です。

これらの状況証拠から、「畔柳=下手人」であると推理することができます。

感想

「芸術」と称した残忍性。序盤は読んでいて不気味ながらも、怖いもの見たさでページをどんどんめくってしまいました。特に石膏に塗り込まれた芳枝の身体。学校で見てしまった人たちは、トラウマになってしまうほどの体験だったでしょう。

中盤以降は蜘蛛男との攻防に移行。アクション要素が強く、読みやすくはありました。ただ、個人的には洋子を最高な芸術に仕上げ、誰が黒幕だかわからないまま推理を展開したほうが面白かったかなぁという気がします。

それも『蜘蛛男』は、老若男女問わない一般読者向けに書かれた作品だからです。乱歩自身の心境の変化、熱心な勧説、高額な原稿料で執筆に至ったのだとか。

少しでも楽しんでもらえたら嬉しいです。読んでいただき、ありがとうございました。