もの言えぬ証人(ポワロ)のネタバレ解説・あらすじ・相関図・感想

もの言えぬ証人(ポワロ)のネタバレ解説・あらすじ・相関図・感想

アガサ・クリスティのミステリー小説『もの言えぬ証人』。この物語は、命を落としたオールドミスの愛犬が重要な事実を知っている、ポアロシリーズの長編小説第十四作目です。

そこでこのページでは、「人物相関図」や「物語のポイント」を確認しながら、本作品の解説と考察を行います。すべてネタバレになりますので、「まだ読んでない」という方は十分にご注意ください。

物語について

解説の前に、最終的な人物相関図あらすじをざっとおさらいしておきます。「そんなの必要ないよ」という方は読み飛ばしちゃってください。

最終的な人物相関図

以下は、本作品の登場人物の最終的な相関図です。パソコンの場合は画像をクリックして拡大、スマホの場合はピンチアウトしてご覧ください。

相関図

あらすじ

◆ エミリイ・アランデルの落命

5月1日、70歳を越えたエミリイ・アランデルが前にも患った黄疸を原因として命を落とす。亡くなったこと自体に驚きはなかったが、親族ではなく仕えて1年ほどのウイルヘルミナ・ロウスンに全財産を残す遺言書が世間を騒がせた。

命を落とす前にもう一つ、復活祭で親族が集まっていたときに、エミリイが階段から落ちるという災難があった。飼い犬のボブのボールを踏んづけたことが原因と考えられたが、エミリイ本人はそう思っていなかったのである。

◆ ポアロ、捜査を始める

6月28日、ヘイスティングスがうんざりした蜘蛛の巣式筆跡のエミリイからの手紙に、ポアロは興味を覚える。理由は書かれた日付が2か月以上も前で、今頃になってポアロのもとに届いたからだった。

ポアロはヘイスティングスとともにエミリイの家「小緑荘」がある町へ行き、身分や目的を偽って捜査を開始。小緑荘の階段にワニスが新しく塗られた釘があったことから、エミリイの転落は偶発的な災難を装ったものだと推理する。

◆ 容疑者の性質

ポアロは容疑者を自分の目で観察するため、災難時に小緑荘にいた5人に会いに行く。それぞれが誰かの悪口を言ったり新しい事実が飛び出したりして、底の方に何かがあるのは間違いなかった。

ヘイスティングスが特に気になったのは、ベラ・タニオスが夫のジェイコブを恐れている様子。ポアロはこの時点でトリップ姉妹とロウスンの話から、エミリイが何かを盛られて命を奪われたのだと確信していた。

◆ 新たな犠牲者

ロウスンは夜中に釘を打ち込んでいた人物を目撃しており、それはテリーザ・アランデルだったと話す。身につけていた「T・A」のブローチが根拠だったが、鏡に映っていたため実際は「A・T」であった。

その後子どもを連れてジェイコブから逃げ回っていたベラが、睡眠剤の過剰摂取で落命。危惧していた新たな犠牲が出てしまった翌日、ポアロは小緑荘に関係者を集め真相を語り始める。

解説と考察

それでは本物語の解説と考察に移ります。

黒幕と動機

エミリイ・アランデルの命を奪ったのは、姪のベラ・タニオスでした。動機はエミリイが残すはずだった多額の遺産。お金によってもたらされる何不自由ない生活と、愛する子どもに良い教育を受けさせることを夢見ていたのです。

ベラが不自由を感じてしまった要因は以下にありました。

  • ジェイコブが投機に失敗した
  • 不便な国での生活
  • テリーザの存在

オールドミス(結婚しないまま年老いた女性)になりたくないと、好きでもないジェイコブと結婚したのが始まりだったのかもしれません。投機に失敗して資産を失い、スミルナでの窮屈な生活を強いられたからです。やがて不満は憎しみに変わっていきました。そしてテリーザがそれに比べて華やかな生活を送っていたのも、卑屈に考えてしまった要因だと思います。

不満には気づきませんでしたが、一方のジェイコブは本当にベラを愛していました。ポアロから真相を聞いた後に出た言葉がその表われです。

第一の計画

ベラがエミリイの命を奪うために仕掛けた最初の手段が、階段からの転落。ボブのボールを踏んづけて落ちるという、偶発的に起きた災難だと思わせようとしました。おそらくエミリイが眠れない夜中に歩き回ることと、チャールズがボールを踏んで階段から落ちそうになったのにヒントを得たのでしょう。

結果は失敗。そのうえもう一つベラ自身も気づいていない誤算がありました。夜中に釘を打っているところをロウスンに見られていたのです。ただしロウスンは身につけていた「T・A」のブローチから、テリーザであると思い込んでいました。

タイトルの「もの言えぬ証人」は、この第一の計画時にボブが外に締め出されたことに由来しているのでしょう。ベラとしてはワイヤーやボールなどの舞台装置を壊されたくなかったからですが、ボブは当然自分を外に出した人物を知っていたのです。

第二の計画

階段の転落は失敗に終わったため、ベラは当初の計画に移ります。その方法が燐を盛ること。燐を飲んだことで表れる症状と、エミリイが過去にも患った黄疸の間に差異が見られないことを利用したのです。

燐はエミリイが食後に服用していたラフバローというカプセルに仕込んでおきました。つまり待っていれば自動的に命を奪える仕掛けのようなもの。しかも飲んだときに自分は違う場所にいるため、アリバイも完ぺきというシナリオでした。

ロウスンとトリップ姉妹が見た光の靄が、燐を盛られたことで表れた現象の一つ。怪奇的な何かだと思われていたその現象は、エミリイの息に燐光性があったことの証でした。にんにくのような臭いという問題もありましたが、グレインジャーは嗅覚を失っていたため燐の存在に気づきもしなかったのです。

遺言状の書き換え

自身の感触やボブがいなかったことから、エミリイは転落が誰かの仕業だと考え行動を起こしていました。一つはポアロへの手紙で、もう一つは遺言状の書き換え。遺産という動機がなくなれば襲われる心配は無くなると思ったのです。

しかしこれが次の思わぬ結果を招きます。

  • チャールズとテリーザがお互いを黒幕だと疑う
  • ロウスンが遺産を自分のものにしよう考える
  • ベラの思惑が外れる

ベラが黒幕だとは知らず、エミリイは疑いを強めていたチャールズにだけ遺言状の書き換えを伝えました。その後、テリーザがお金のためにエミリイの命を奪ったと思い、チャールズは遺言状の書き換えを伝えたとウソをつく。知っていればテリーザの動機がなくなると考えたからです。一方のテリーザはチャールズがやったと思い、遺言状の書き換え話を聞いたなんていうありもしない話をでっち上げたと思っていました。

そもそも遺言状の書き換えは警告のためにした一時的な行動。エミリイは家柄を重んじる人物だったため、最終的には遺産が親族に渡るよう元に戻すつもりでした。ところがロウスンが遺産欲しさに元に戻すのをジャマします。ただし少額だと思っていたため、莫大な遺産が転がり込んできて本当にビックリしていたわけです。

遺言状の書き換えを知らずすっかり思惑が外れたベラですが方向を転じます。危険な夫に悩んでいるなどの話をして、ロウスンの良心の呵責に訴えかけたのです。ロウスンは遺産を半分あげるつもりでしたが、ポアロが先手を打ちます。結果、ベラは愛する娘と息子が貼られるであろう「悪人の子ども」というレッテルを恐れ、自ら命を絶ってしまいました。

ドラマについて

デヴィッド・スーシェが主役を演じる海外ドラマ「名探偵ポワロ」では、1996年に本物語を放送しました。以下はキャストと、原作との主な相違点です。

登場人物名 役者名
エルキュール・ポワロ デヴィッド・スーシェ
アーサー・ヘイスティングス ヒュー・フレイザー
チャールズ・アランデル パトリック・ライッカート
ベラ・タニオス ジュリア・スト・ジョン
ジェイコブ・タニオス ポール・ハーツバーグ
テリーザ・アランデル ケイト・バファリー
エミリー・アランデル アン・モリッシュ
ウィルミーナ・ロウスン ノーマ・ウェスト
ジョン・グレインジャー ジョナサン・ニュース
ジュリア・トリップ ミリュエル・パブロフ
イザベル・トリップ ポーリン・ジェイムソン
原作との相違点
  • ポワロとヘイスティングス滞在時に悲劇が起こる
  • ドナルドスンとピーボデイが出てこない
  • ヘイスティングスがチャールズと知り合いであだ名が「バトラー」
  • タニオス夫妻が娘と息子を連れてきている
  • エミリーが階段から転落したときにボブがいる
  • 階段の釘が抜き取られる
  • ボブがワイヤーを張った人物を目撃
  • イニシャルがガウンの刺繍になっている
  • ポワロがエミリーに遺言状の書き換えを提案する
  • エミリーが遺言状を書き換えたことをテリーザにも伝える
  • エミリーがジェイコブの調合した強壮剤を飲んだ直後に命を落とす
  • トリップ姉妹が降霊会を開く
  • チャールズとテリーザが盗みを働くが失敗
  • グレインジャーが命を奪われる
  • ボブがボードに映っている姿を見てポワロが閃く
  • ポワロがボブを散歩しながら捜査
  • ポワロがトリップ姉妹にボブを押し付ける

黒幕やトリックなど大筋は原作と同じですが、多くの追加・変更点があります。大きなところでは、水上スピードの世界記録に挑戦するチャールズの応援にポワロ含む関係者が集合。挑戦は失敗に終わりますが、そのすぐ後にエミリーが階段から転落し、相談を受けたポワロが遺言状の書き換えをアドバイスする流れになっています。

そしてポワロと一緒に捜査したボブが大活躍。釘を打っているところを見たり、ボールを咥えた後にバスケットに必ず入る習慣、ボートに映る姿を見せたりしてポワロにヒントを与えていきます。代わりにヘイスティングスは、ほとんどと言っていいほど何もしませんでした。

原作ではあまり登場しなかったトリップ姉妹が頻繁に顔を出します。特に降霊会ではエミリーを宿し、ボブが汚名を着せられてしまいました。そのボブは最後にトリップ姉妹の飼い犬となるのですが、内心どう思っていたのでしょうか。

感想

ポアロの最後の決断はいかがなものでしょうか。新たな犠牲者を出さないため、母が悪人だったという世間の目を子どもに向けさせないためとはいえ、命を絶つよう促したのだから。結局エミリイは黄疸で亡くなったことに表向きはなったのだし、なんとか生かす道もポアロならできただろうと思います。

作中で面白かった要素は、一人だけ得をしたロウスンにしか動機がない中で物語が進んでいくところ。トリップ姉妹を登場させたのは、エミリイやロウスンが洗脳された可能性を考えさせるためでしょう。動機はあるけど命を奪いそうにない、動機はないけど命を奪いそう。この対比が嫌な雰囲気を出し、物語を面白くしていると感じました。

ボブの犬種はワイヤヘアード・テリア(ワイアー・フォックス・テリア)で、クリスティが飼っていたピーターと同じ。ドラマはともかく、個人的にはもう少しボブに活躍してほしかったかなと思いました。それにヘイスティングスの通訳が合っていたかはわかりませんが、結構過激な発言もしています。

いまに見てろ!おまえの五臓六腑をずたずたにしてくれるから!この家に一歩でも踏みこんでみろ!手も足も引きちぎってやる。

出典元:ハヤカワ文庫『もの言えぬ証人』アガサ・クリスティー/加島祥造訳

ボブがヘイスティングスと完全に理解し合ってないことを願います。

少しでも楽しんでもらえたら嬉しいです。読んでいただき、ありがとうございました。

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