ヒッコリーロードの殺人(ポワロ)のネタバレ解説・あらすじ・感想
アガサ・クリスティのミステリー小説『ヒッコリー・ロードの殺人』。この物語は、ミス・レモンの姉が働いている寮で次々と悲劇が起こる、ポアロシリーズの長編小説第二十六作目です。
そこでこのページでは、「人物相関図」や「物語のポイント」を確認しながら、本作品の解説と考察を行います。すべてネタバレになりますので、「まだ読んでない」という方は十分にご注意ください。
物語について
解説の前に、最終的な人物相関図とあらすじをざっとおさらいしておきます。「そんなの必要ないよ」という方は読み飛ばしちゃってください。
最終的な人物相関図
以下は、本作品の登場人物の最終的な相関図です。パソコンの場合は画像をクリックして拡大、スマホの場合はピンチアウトしてご覧ください。
あらすじ
◆ 連続性のない紛失物
機械のように完ぺきな秘書のミス・レモンが、きわめて簡単な手紙に3つも間違いをする。姉のハバード夫人が働き始めた寮で、いろいろなものが次々に紛失していることが原因だというのだ。
値段の安いものが多いが高価なものもあり、大切とは思えないもの、ズタズタに切り裂かれたものなど紛失物は多種多様。さらにエリザベス・ジョンストンのノートがインクまみれにされるという、悪質な嫌がらせが新たに発生した。
◆ シーリア・オースティン
経験談を講演するという名目で寮を訪問したポアロは、一刻も早く警察に通報すべきだと予想外の助言をする。直後にシーリア・オースティンが名乗り出たが、一部の紛失物については自分ではないと否定した。
盗みを働いたことで興味を引いた甲斐あり、シーリアはずっと想いを寄せていたコリン・マックナブと婚約。寮にふたたび平和な日々が戻ったかと思われたが、シーリアが遺書を残して息絶えているのが発見された。
◆ 紛失した物の順序
遺書がハバード夫人に宛てた手紙を引き裂いたものだったことから、シーリアは何者かに命を奪われたのだと判明する。そして寮生の聴取により、ナイジェル・チャプマンが遊び半分でモルヒネを盗んだこと、シーリアが偽造パスポートの話をしていたことなどが明らかになった。
正しい順序と方法でという原則に軌道修正するため、ポアロは紛失物を時系列に並べて捜査を再開。その夜、警察に自室を捜索され癇癪を起していたニコレティス夫人が、道路で遺体となって見つかった。
◆ 失策
シーリアを唆していたばかりか、パトリシア・レインの指輪のダイヤモンドをすり替えたことをヴァレリ・ホッブハウスは認める。さらにはリュックサックが違法な輸出入に使われていたこともわかり、一つずつ物が紛失した理由が明らかになってきた。
ところが警察署にいるナイジェルに電話をかけた直後、パトリシアが自分の部屋で絶命。握っていた赤い髪の毛によりレオナード・ベイトソンが疑われるが、これは真の黒幕の作為的な失策だった。
解説と考察
それでは本物語の解説と考察に移ります。
黒幕と動機
凶行を繰り返していたのはナイジェル・チャプマンで、ヴァレリ・ホッブハウスも手を貸していました。二人が行なっていた悪事とナイジェルの過去が元凶。なんと二人は違法な輸出入を裏で操っており、ナイジェルは2年半前に母の命を奪っていたのです。
紛失物
悲劇について解説する前に、まずは寮で起こったいくつもの紛失物の謎について明らかにしておきます。以下は無くなったもの、持ち主、盗んだ人物を時系列にまとめた表です。括弧が付いた項目は文中に記載がないので推測、シガレットライターと箱入りのチョコレートはハバード夫人の二回目のリストになかったので最後にしています。
紛失物 | 持ち主 | 盗んだ人物 |
---|---|---|
リュックサック | レオナード・ベイトソン | ナイジェル・チャプマン |
電球 | 寮のもの | ナイジェル・チャプマン |
腕輪 | ジュヌビエーブ・マリコード | シーリア・オースティン |
ダイヤモンドの指輪 | パトリシア・レイン | シーリア・オースティン |
化粧用のコンパクト | ジュヌビエーブ・マリコード | シーリア・オースティン |
夜会靴 | サリー・フィンチ | シーリア・オースティン |
口紅 | エリザベス・ジョンストン | (シーリア・オースティン) |
イヤリング | ヴァレリ・ホッブハウス | (シーリア・オースティン) |
聴診器 | レオナード・ベイトソン | ナイジェル・チャプマン |
浴用塩 | 寮のもの | ナイジェル・チャプマン |
絹のスカーフ | ヴァレリ・ホッブハウス | シーリア・オースティン |
古いフランネルのズボン | コリン・マックナブ | (シーリア・オースティン) |
料理の本 | (寮のもの) | (シーリア・オースティン) |
硼酸 | チャンドラ・ラル | ナイジェル・チャプマン |
ブローチ | サリー・フィンチ | (シーリア・オースティン) |
シガレットライター | ? | (シーリア・オースティン) |
箱入りのチョコレート | ? | (シーリア・オースティン) |
序盤で本人から告白があった通り、ほとんどはシーリアが盗んだものです。その中で特筆すべきはダイヤモンドの指輪で、シーリアを唆したヴァレリによってジルコンにすり替えられていました。動機はお金に目がくらんだため。しかし同時にダイヤモンドに詳しく、違法な輸出入への関与を示唆していました。
証拠隠滅
ナイジェルとヴァレリが手を染めていた違法な輸出入のキーアイテムがリュックサックです。小さなものを隠せるスペースがあり、学生などにとっては助かる安価な値段で売られていました。リュックサックを買った人が知らず知らずのうちに運搬人になるという、きわめて足のつきにくい方法をとっていたわけです。
ところがある日、警察がヒッコリー・ロード26番地の寮を訪問しました。別件での捜査でしたが、ナイジェルは自分たちの悪事がバレたのではと勘違いしてしまったのです。
ナイジェルが証拠隠滅のために行なったのがリュックサックの破壊。加えてブツを一時的に浴用塩の中に隠しました。電球がなくなったのは、捜査しに来た警察に顔を見られてはまずいと考えたから。リュックサック、電球、浴用塩が紛失した理由には、このような事情が隠されていたわけです。
凶器の入手
ナイジェルは誰にも知られないように異なる方法で三種類の危険な薬品を手に入れてみせると、レオナードたちに豪語していました。その際に実行した一つの方法が病院関係者の扮装。白衣はともかく聴診器はなかったため、レオナードから拝借していました。
表向きは遊び半分、冒険談のていでしたが、裏には別の理由がありました。それは後に使うモルヒネの入手。ナイジェルはモルヒネの入手後、中身をチャンドラ・ラルから盗んだ硼酸とすり替えていたのです。
これがおかしな事態を招きます。まずモルヒネ(中身は硼酸)を危険だと思ったパトリシアが、自分の持っていた重曹と入れ替えます。これを胃の調子が悪くなったアキボンボが、重曹(中身は硼酸)だと思って飲んでしまったのです。
危うく命を落としかけたアキボンボでしたが、この事態は前もってモルヒネが硼酸に入れ替わっていたとの重要な情報。ただし理由は置いておくとして、パトリシアの重曹を誰かが硼酸にすり替えた可能性もあるにはあります。
3人の犠牲者
物が紛失した理由がわかったところで、なぜどのようにして悲劇が起こったのかについて触れていきます。
シーリア・オースティン
シーリアが命を奪われてしまった理由は知り過ぎたからです。まずはナイジェルがリュックサックを引き裂いているところを目撃。しかしこのときナイジェルとヴァレリは巧みに言いくるめ、逆にコリンの気を引くため盗みを働くことを提案します。ほかにもヴァレリの偽造パスポートを見たり、ナイジェルの本名を知ったりしてしまいました。
ナイジェルがシーリアを亡き者にした際の一連の行動は以下です。
- 寮の外で会う約束をする
- コーヒーにモルヒネを入れ命を奪う
- シーリアがハバード夫人に書いた手紙を裂き遺書に見せかける
- モルヒネの瓶を枕元に置く
これで自ら命を絶ったと見せかけるつもりでした。ところが手紙のインクの色にハバード夫人が気づき、早々に偽装だとバレてしまいます。
おそらくナイジェルはずいぶん前からシーリアを消す計画を練っていたのでしょう。根拠はモルヒネの入手。危険な薬品を手に入れた冒険はそもそも、凶器を手に入れるための口実だと考えられるからです。
パトリシア・レイン
順番は前後しますが、先にパトリシアの絶命について。パトリシアが命を奪われた理由は、ナイジェルの父親に手紙を送ろうとしたから。そんなことをされたら立場が危うくなり、ナイジェルにとってきわめて都合が悪かったわけです。
ナイジェルはパトリシアを亡き者にしてからヴァレリに相談。自分が警察に行っている間にパトリシアとして電話するよう、アリバイ工作に協力させました。ところがパトリシアの手に握らせた赤い髪が余計。後ろから襲われたにもかかわらず髪の毛を掴んだ形跡が残るという、不自然な現象が出来上がってしまいました。
ニコレティス夫人
ニコレティス夫人についてはあまり触れられていません。ヴァレリとナイジェルの悪事を知っていたため消された線が濃厚ですが、もしかしたら違う可能性があります。それは次の理由からです。
- ニコレティス夫人がバーで会った相手と好意的に会話している
- ナイジェルがニコレティス夫人の件だけ否定している
バーで会った人物がナイジェルだったなら警戒したはず。にもかかわらずニコレティス夫人が好意的に受け入れたのは、恐れる必要のない人物だったからではないでしょうか。それにナイジェルがほかの二件は認めているのに、ニコレティス夫人だけ違うとヴァレリに話したのも妙な気がします。
ニコレティス夫人は飲みすぎによる心臓発作で亡くなったのかもしれません。一緒にいた人物は謎のままですが、おごってもらったり家宅捜索のことを改めて話しています。したがってまったく関係のない人物、もしくは家宅捜索のときに留守だった警戒していない寮内の人間だったのではないでしょうか。
ドラマについて
デヴィッド・スーシェが主役を演じる海外ドラマ「名探偵ポワロ」では、1995年に本物語を放送しました。以下はキャストと、原作との主な相違点です。
登場人物名 | 役者名 |
---|---|
エルキュール・ポワロ | デヴィッド・スーシェ |
ジェームズ・ジャップ | フィリップ・ジャクソン |
ミス・レモン | ポーリーン・モラン |
サリー・フィンチ | パリス・ジェファーソン |
ナイジェル・チャップマン | ジョナサン・ファース |
レナード・ベイトソン | ダミアン・ルイス |
コリン・マックナブ | ギルバート・マーティン |
パトリシア・レイン | ポリー・ケンプ |
バレリー・ホブハウス | エラナー・モリストン |
シーリア・オースティン | ジェシカ・ロイド |
フローレンス・ハバード | サラ・バデル |
クリスティーナ・ニコレティス | レイチェル・ベル |
アーサー・スタンリー | デビッド・バーク |
エンディコット | バーナード・ロイド |
- 登場人物の変更
- レナードとサリーがいっしょにアムステルダムへ旅行
- レモンも捜査に積極参加
- シーリアがコリンとポアロの探偵事務所で盗みを告白
- シーリアが睡眠剤と間違えてモルヒネを飲む
- スタンリーが民の英雄
- サリーが税務局の潜入捜査員
- ニコレティス夫人が命を奪われたのが寮の部屋
- モルヒネを盗んだのがコリン
- パトリシアがスタンリーのお見舞いをしたときにナイジェルが息子だと知る
- ナイジェルが逃走を図る
- マザーグースにちなんでネズミが頻繁に登場
- ジャップが妻の不在で散々
大筋は原作と同じですが、ところどころ違いがあります。まずは登場人物が少なくなっており、寮生の中にいる外国人留学生はサリーのみ。そのサリーも税務局の潜入捜査官としての任務を遂行中でした。
原作ではナイジェル自身がモルヒネを盗んでいましたが、ドラマではコリンに変更。そして部屋からモルヒネが見つかり、コリンは逮捕までされてしまいます。エリザベスの思想はパトリシアに統合。その最たる崇拝の対象がスタンリーに変わっており、偶然にもお見舞いした際にナイジェルが息子であることを知るという流れになっています。
シャープ警部の役割はジャップになっており、妻がいなくて散々でした。アイロンでシャツを焦がすところから始まり、誘いを受けたポワロの家では料理が口に合わず、セントラルヒーティングは暑いしビデの使い方も間違える。ポワロはお礼としてイギリス料理を振舞ってもらいますが、レバー団子アレルギーということにして逃げました。
感想
物がなぜ盗まれ、その裏にどんな意図があるのかを考えるのが楽しい作品でした。序盤で取るに足らない物はシーリアだと判明しますが、そこにも誰かが唆したのではという怪しい事情がある。ただ自分たちの悪事の目くらましとはいえ、確かにこんなに盗らなくても良かったのにとは思います。
寮生活の経験はないですが、他人のものを勝手に使い過ぎだという印象を受けました。緊急事態とはいえアキボンボの重曹、良かれと思ってとはいえパトリシアのモルヒネと重曹のすり替え。仲が良い証拠なのかもしれませんが、それでも一言あっても良いような気がします。
本作の原題はマザーグース「Hickory Dickory Dock」で、歌詞は以下です。
ヒッコリー、ディッコリー、ドック(Hickory dickory dock)
ねずみが時計を駆け登る(The mouse ran up the clock)
時計が一つ鳴り(The clock struck one)
ねずみが駆けおりる(The mouse ran down)
ヒッコリー、ディッコリー、ドック(Hickory dickory dock)出典元:ハヤカワ文庫『ヒッコリー・ロードの殺人』アガサ・クリスティー/高橋豊訳, 英語の歌詞は「Wikipedia」より
物語との関連は見立てなどではなく、何かの始まりを告げるねずみのような役割がハバード夫人という意味なのだと思います。だから最後にポアロが、「もしかしたら、クルーザーの上で」と考えたのでしょう。
少しでも楽しんでもらえたら嬉しいです。読んでいただき、ありがとうございました。
その他のポアロ作品のネタバレ解説はコチラから探せるので、良かったらご参照ください。
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