小説『そして誰もいなくなった』のネタバレ解説!相関図や考察アリ
今でもなお愛され続けているアガサ・クリスティの作品群。その中でも『そして誰もいなくなった』は、全世界で1億冊以上出版されたミステリー小説の金字塔です。
そこでこのページでは、「人物相関図」と「事件の流れ」を確認しながら、本作品の解説と考察を行います。すべてネタバレになりますので、「まだ読んでない」という方は十分にご注意ください。
物語について
解説の前に、最終的な人物相関図とあらすじをざっとおさらいしておきます。「そんなの必要ないよ」という方は読み飛ばしちゃってください。
最終的な人物相関図
以下は、『そして誰もいなくなった』の最終的な人物相関図です。パソコンの場合は画像をクリックして拡大、スマホの場合はピンチアウトしてご覧ください。
あらすじ
◆ 集められた10人の男女
年齢も性別も身分も違う10人の男女がインディアン島に集められた。邸の部屋の壁に掛かっていたのはインディアンの子守唄。食堂のテーブルにあるのは、10体のインディアン人形だった。
夕食を終えると、どこかから声が流れてくる。それは、集まった10人の過ちを告げるものだった。
◆ インディアンの子守唄と人形
声を聞いた10人は混乱し、それぞれの疑いについて話し始めた。すると突然、マーストンが喉を詰まらせて絶命。 翌朝にはロジャース夫人が眠ったまま亡くなる。
そしてその裏で、「一人いなくなるごとにインディアンの人形が一体消える」という奇妙な現象が起こっていた。さらに二人が命を落とした原因は、部屋の壁に掛かっていた子守唄と偶然とは思えないほど一致していたのである。
◆ 疑心暗鬼
残った面々で島中を捜索したが、隠れる場所はどこにも見当たらなかった。 それは、今いる人物たちの中に手をかけた者がいることを表していたのである。
そしてその後も着実に子守唄に見立てられて命が奪われていく。マカーサーは後頭部を鈍器で、ロジャースは頸すじを斧で、エミリーは注射器で刺され、ウォーグレイヴは頭を撃ち抜かれて…。
◆ そして誰もいなくなった
ブロアは大理石で頭を押しつぶされ絶命。そしていなくなったはずのアームストロングが岩場に打ち上げられているのを発見する。
残った二人がお互いがお互いを疑う中、ヴェラは隙を見てロンバードの拳銃を奪い心臓に向けて射撃。 ヴェラは部屋に帰ると用意されていた輪の中に首を通し、島には誰もいなくなった。
解説と考察
それでは、本物語の解説と考察に移ります。
それぞれの悪事と子守唄による見立て
まず、インディアン島に集められた10人の「悪事」と「子守唄による見立て」を見てみましょう。
アンソニー・ジェイムズ・マーストン
マーストンの悪事は、車で轢いてしまった人たちに対して何も責任を負っていないことでした。同様のことをしている人たちからたまたま選び出され、真っ先にウォーグレイヴの手にかけられます。
見立てられた子守唄の内容は以下です。
十人のインディアンの少年が食事に出かけた
一人が咽喉をつまらせて、九人になった出典元:ハヤカワ文庫『そして誰もいなくなった(第二章)』アガサ・クリスティー/清水俊二訳
ほとんど子守唄通りですが、気になるとすれば「咽喉をつまらせて」の部分。実際とは少し異なっているようにも思えます。ただし、盛られた液体を飲むと呼吸困難の症状は出るようなので、咽喉がつまったように見えたのでしょう。
また、ウォーグレイヴの告白書では容易と書いてありましたが、次の理由によりグラスに細工するのはなかなか困難だったのではないかと考えます。
- ウォーグレイヴが座長を務めて話を進めていたこと
- 話し合いの最中に動き回ると目立つこと
嫌でも目立つ進行役の中、ほかの人が話している最中でも変な動きをしたら怪しまれるのではないでしょうか。しかもその場にはまだ八人の人間がいた。いくら集まった人たちにまだ疑いがかけられていないとはいえ、結構リスキーだったのではないかと思います。
エセル・ロジャース
ロジャース夫人の悪事は、財産を狙って仕えていた主人を手にかけたことでした。しかし首謀者は夫なので、ほかの人と比べると比較的軽い責任だとウォーグレイヴからは見られています。
見立てられた子守唄の内容は以下です。
九人のインディアンの少年がおそくまで起きていた
一人が寝すごして、八人になった出典元:ハヤカワ文庫『そして誰もいなくなった(第二章)』アガサ・クリスティー/清水俊二訳
12時までみんなが集まって話し合っていたので、「おそくまで起きていた」と言っても良いでしょう。したがって、見立て通りにロジャース夫人は命を落としたことになります。
また、何気なく次の文章がありました。
ロジャースはグラスを小さなテーブルの上においていた。一同のなかの一人がそれを医師に渡し、医師はグラスを持って、苦しそうな呼吸をしている女の上にかがみこんだ。
出典元:ハヤカワ文庫『そして誰もいなくなった(第三章)』アガサ・クリスティー/清水俊二訳
おそらく、このアームストロングにグラスを渡した人物がウォーグレイヴだったのではないかと思われます。
ジョン・ゴードン・マカーサー
マカーサーの悪事は、妻と深い関係になっていた部下を生きては帰れない偵察に派遣したことでした。嫉妬に狂った行為で悪質ではありますが、教会で懺悔していたことと子守唄の内容を鑑みて、比較的早い三番目の犠牲者に選んだのかもしれません。
見立てられた子守唄の内容は以下です。
八人のインディアンの少年がデヴァンを旅していた
一人がそこに残って、七人になった出典元:ハヤカワ文庫『そして誰もいなくなった(第二章)』アガサ・クリスティー/清水俊二訳
マカーサーはインディアン島と同じデヴァンに住んでいます。したがってこの子守唄になぞらえることができるのはマカーサー以外にいません。そしておそらく「旅」という言葉には、「人生のさまよい」という意味も込められているのだと思います。
マカーサーもウォーグレイヴも一人でいたので、襲うチャンスは告白書通りたくさんあったのでしょう。まだこの時点では、外部の人間がいると信じられていたのですから。
トマス・ロジャース
トマス・ロジャースの悪事は、妻と同様、財産を狙って仕えていた主人を手にかけたことでした。ただしこちらが首謀者なので、妻よりも後に亡き者となります。
見立てられた子守唄の内容は以下です。
七人のインディアンの少年が薪を割っていた
一人が自分を真っ二つに割って、六人になった出典元:ハヤカワ文庫『そして誰もいなくなった(第二章)』アガサ・クリスティー/清水俊二訳
さすがに真っ二つは残酷すぎるし手もかかるので、頸すじに一振りする程度に留められています。それでもご老体には大変なことだと思いますが…。
アリバイは早朝なので不明瞭。本人に気付かれさえしなければ、容易にことを済ませることができたと思われます。
エミリー・カロライン・ブレント
ミス・ブレントの悪事は、厳格すぎる性格ゆえに使用人の娘を追い込み、命を絶たせてしまったことでした。まったく反省していないのでなかなか質が悪いと思うのですが、五番目に選ばれています(心の中では後悔していた節はあります)。
見立てられた子守唄の内容は以下です。
六人のインディアンの少年が蜂の巣をいたずらしていた
蜂が一人を刺して、五人になった出典元:ハヤカワ文庫『そして誰もいなくなった(第二章)』アガサ・クリスティー/清水俊二訳
この子守唄で合っているのはニュアンスだけ。蜂は刺すどころか窓の外にいただけです。強いて言えば、ウォーグレイヴが蜂を飛ばしたことを「いたずら」と捉えても良いかもしれません。
睡眠剤を入れたタイミングについては、次の文章がありました。
奇妙な朝食だった。みんな、言葉までが鄭重になっていた。……「コーヒーを注ぎましょうか、ブレントさん」
出典元:ハヤカワ文庫『そして誰もいなくなった(第十一章)』アガサ・クリスティー/清水俊二訳
ただ、みんなが警戒し始めていたので、ブレントが残っている食堂に忍び込むのは大変だったのではないかと考えられます。さらっと書かれていましたが、相当うまくやったのでしょう。
ローレンス・ジョン・ウォーグレイヴ
首謀者であるウォーグレイヴに過去の悪事はありません。むしろ、今回起こしたすべての行動が悪事でしょう。
見立てられた子守唄の内容は以下です。
五人のインディアンの少年が法律に夢中になった
一人が大法院に入って、四人になった出典元:ハヤカワ文庫『そして誰もいなくなった(第二章)』アガサ・クリスティー/清水俊二訳
この子守唄については、判事の格好をしただけなので何とも言えません。ただ、毛糸でかつらを作るのは大変だったのではないかと思います。ウォーグレイヴは、手先も器用だったのかもしれません。
気になるのは、部屋へ運んでいるときに「生きているのではないか」と誰も疑わなかったのかということ。そこで次の2点に着目しました。
- 体温は1時間で1℃低下する
- 死後硬直は2時間経過すると起こり始める
ヴェラが気絶から覚めるまでの時間(「ながい時」と表現されている)がどのくらいかわかりませんが、ほかの三人が介抱している最中だったのでそこまで長くなかったのでしょう。したがって呼吸さえ気を付けていれば、混乱も相まって疑われることはないのだと思います。
ただ、ヴェラが表現した次の表現が気になるところではあります。
彼女は四人の男たちが蠟燭の光で見つめているものに視線をうつした。
出典元:ハヤカワ文庫『そして誰もいなくなった(第十三章)』アガサ・クリスティー/清水俊二訳
「四人の男たち」というのは幻覚だったのでしょうか。
エドワード・ジョージ・アームストロング
アームストロングの悪事は、医療の実験により患者の命を奪ってしまったこと。本人も苛まれていたようですが、実験内容としては正直目を疑います。
見立てられた子守唄の内容は以下です。
四人のインディアンの少年が海に出かけた
一人が燻製のにしんにのまれ、三人になった出典元:ハヤカワ文庫『そして誰もいなくなった(第二章)』アガサ・クリスティー/清水俊二訳
「海に出かけた」ので崖から突き落として溺れさせる。飲まれた以上アームストロングが打ち上げられたのは予想外だったのかもしれませんが、見立てとしては問題ないやり方です。「燻製のにしん」については後述いたします。
ウォーグレイヴはもう「いなくなった」のだから、手を下すのに支障はありません。しかも時間は夜中の2時15分前で、みんなは部屋に閉じこもっています。本人に疑わなければ、おそらく余裕でしょう。
ウィリアム・ヘンリー・ブロア
ブロアの悪事は、偽証で無実の人間を終身刑にしたこと。まったく関係のない人間を自分の欲望のために利用した、極めて悪質なものでした。
見立てられた子守唄の内容は以下です。
三人のインディアンの少年が動物園を歩いていた
大熊が一人を抱きしめ、二人になった出典元:ハヤカワ文庫『そして誰もいなくなった(第二章)』アガサ・クリスティー/清水俊二訳
文中からは読み取れなかったのですが、大理石は熊の形をしているそうなので、しっかり見立てになっています。そんなものまで見つけていたのかと思うと、ウォーグレイヴは本当に用意周到です。
フィリップ・ロンバード
ロンバードの悪事は、自分が生き残るために食料を持ち逃げして東アフリカの現地人を見捨てたこと。生きるためとはいえ、何か方法はなかったのかと考えてしまいます。
見立てられた子守唄の内容は以下です。
二人のインディアンの少年が日向に坐った
一人が陽に焼かれて、一人になった出典元:ハヤカワ文庫『そして誰もいなくなった(第二章)』アガサ・クリスティー/清水俊二訳
ロンバードに関しては、もはやウォーグレイヴが手を下していません。しかし、「銃で撃たれた」ことを「陽に焼かれて」と例えられないことはないような気がします。ウォーグレイヴはこのことを見通していたのでしょうか。
ヴェラ・エリザベス・クレイソーン
ヴェラの悪事は、愛のために一人の子供を溺れさせたこと。ユーゴーいわく、ヴェラは「気立てのいいしっかりした女性」だった。愛は盲目と言いますが、誰にでも凶行に駆られる可能性があることを、暗に示しているのではないでしょうか。
見立てられた子守唄の内容は以下です。
一人のインディアンの少年が後に残された
彼が首をくくり、後には誰もいなくなった出典元:ハヤカワ文庫『そして誰もいなくなった(第二章)』アガサ・クリスティー/清水俊二訳
見立てとしては完璧。ウォーグレイヴは心理的実験を見事成功させます。
そして最後の仕上げをして告白書を執筆。眼鏡のゴム紐を使った仕掛けを作り、自らの命を絶ちます。
ヒントはあったのか
ウォーグレイヴの書いた告白書では、次の3つが手がかりであったと述べています。
- ウォーグレイヴだけ誰も手にかけていない
- 燻製のにしん
- 額に残した赤い斑点はカインの刻印
ところが1はエピローグで、3は告白書の中で明らかになること。本編の文章中からこのヒントにつなげるのは至難の業です。
唯一ヒントになりそうな「燻製のにしん」とはミスリードするための表現。この言葉から、アームストロングには何かあると考えられます。残った三人は部屋に閉じこもっていたため手を下すことは不可能。「今まで命を落とした人物の誰かが実は生きている」と考えられなくもありません。
ではもっと他にヒントはなかったのでしょうか。このことに関しては、以下の二点に着目しました。
- フレッド・ナラカットが抱いた考え
- ウォーグレイヴの観点で書かれた文章がほとんどないこと
フレッド・ナラカットが抱いた考え
フレッド・ナラカットは、インディアン島に船を向けているときに次のような考えを抱いています。
老嬢が一人、―口やかましい女にちがいない―見ただけでわかる。彼はこういう女が苦手だった。軍人らしい老紳士―顔つきからみると、ほんとうの軍人であろう。美しい容貌をした娘―しかし、どこでも見られる美しさで、ハリウッド風のはでな美しさではない。からだのがっしりとした陽気な紳士―この男はほんとうの紳士ではない。おそらく、セールスマンのようなことをしていた男であろう。もう一人の男は眼が鋭く、油断のなさそうな人間で、まったく正体はわからない。あるいは、この男は映画と何か関係があるかもしれない。
いや、オーエン氏の客らしい船客が一人いた。最後に自動車をとばしてきた青年だ。出典元:ハヤカワ文庫『そして誰もいなくなった(第二章)』アガサ・クリスティー/清水俊二訳
この考えに当てはまる人物まとめたのが、以下の表です。
ナラカットの表現 | 当てはまる人物 |
---|---|
老嬢 | ブレント |
軍人らしい老紳士 | マカーサー |
美しい容貌をした娘 | ヴェラ |
陽気な紳士 | ロンバード |
油断のなさそうな人間 | ブロア? |
自動車をとばしてきた青年 | マーストン |
アームストロングは後から到着、ロジャース夫妻はもともと島にいたのでこの中には含まれていません。ブロアに「?」を付けたのは、ウォーグレイヴも鋭い眼を持っているため。しかし蛙のような顔、亀のような頸、曲がった背中のウォーグレイヴのことを「映画と関係があるかも」と感じないのではないかと思い、ブロアにしています。
この考えから言えるのは、同じ船に乗っているはずのウォーグレイヴについては何も語られていないこと。暗にウォーグレイヴが怪しいと読者にヒントを出しているのではないでしょうか。
もし仮に「油断のなさそうな人間」がウォーグレイヴだったとしても、「正体がわからない」という表現です。いずれにしても、ウォーグレイヴは要注意人物であると考えることができます。
ウォーグレイヴの観点で書かれた文章がほとんどないこと
本物語は、「会話」と「登場人物の胸のうち」を組み合わせて進んでいきます。ところがその中には、ウォーグレイヴの観点で書かれた文章がほとんど見当たりません。これは大きなヒントと言えるのではないでしょうか。
会話の中心人物なので、一見するとウォーグレイヴは自分の考えを述べているような印象を持ちます。しかしそれがトラップ。その中には他の人が述べているような「後悔の念」のような想いが含まれていないのです。
これは、最後に告白書ですべてを語るために敢えてしていることではないかと思います。
感想
率直に、この物語の真相に自力でたどり着くのは難しいと感じました。上記のヒントも一回読んだ後だから検討できたもの。タイトルから全員がいなくなることは想像していましたが、その中の誰が手を下しているのかを推理することはできませんでした。
見立てについては細部にこだわっていません。少し惜しいなと感じましたが、何かのトリックに使用したわけではなく恐怖を植えつけるためなので、大まかで良かったのでしょう。
そしていちばん考えたのは、「正義とは何なのか」ということ。ウォーグレイヴのやり方は、「悪を切り捨てる」という非常に安直な考えです。彼の心理的問題もありましたが、正義とはそのような人たちも正しい方向に導いて全員が共存していくことだと個人的には思います。
しかしおそらく、悪事に手を染めてしまった人は、その後しこりが残る生き方をしなければなりません。それは、マカーサーの胸の内を語った次の文章で顕著に表れていると感じました。
ただ、彼の人生が淋しくなったことだけは事実だった。
出典元:ハヤカワ文庫『そして誰もいなくなった(第五章)』アガサ・クリスティー/清水俊二訳
とんでもなく悪いことでなくても、自分の欲を優先してしまい人を傷つけた経験は誰でもあるのではないでしょうか。踏みとどまって自分の中の悪を認めるか、そのまま流されて生きていくのか。そのときの決断が今後の人生を左右していくことだけは確かです。
少しでも楽しんでもらえたら嬉しいです。読んでいただき、ありがとうございました。
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