悪魔の足(ホームズ)のネタバレ解説・あらすじ・感想
アーサー・コナン・ドイルのシャーロック・ホームズシリーズ『悪魔の足』。この物語は、ホームズの療養中に恐ろしい事件が舞い込んでくる、『シャーロック・ホームズ最後の挨拶』に収録されている短編小説です。
そこでこのページでは、本作品の結末などの解説と考察を行います。すべてネタバレになりますので、「まだ読んでない」という方は十分にご注意ください。
物語について
解説する前に、登場人物とあらすじをざっとおさらいしておきます。「そんなの必要ないよ」という方は読み飛ばしちゃってください。
登場人物
本作品の登場人物は以下です。
登場人物名 | 説明 |
---|---|
シャーロック・ホームズ | 私立探偵 |
ジョン・H・ワトスン | 医師 |
ラウンドヘイ | ウォラス教区の牧師 |
モーティマー・トリジェニス | 資産家 |
オーウェン・トリジェニス | モーティマーの兄 |
ジョージ・トリジェニス | モーティマーの兄 |
ブレンダ・トリジェニス | モーティマーの妹 |
レオン・スターンデール | 探検家 |
リチャーズ | 医師 |
ポーター夫人 | 料理人兼家政婦 |
ムーア・エイガー | ハーリー街の医師 |
あらすじ
どういう風の吹き回しか知らないが、ホームズが「コーンウォールの恐怖」についての執筆を勧めてくる。近ごろ記録を公表するペースが落ちていると感じていたワトスンは、本人の気が変わらないうちにペンをとった。
1897年の春、ホームズの療養のために訪れたコーンウォールのコテージに、ラウンドヘイとモーティマー・トリジェニスが駆け込んでくる。モーティマーの兄二人が精神に異常をきたし、妹が恐怖の表情を浮かべて命を落としたというのだ。
解説と考察
それでは本物語の解説と考察に移ります。
真相
ホームズが療養中に巻き込まれた二つの奇怪な謎は、一つ目が起きたがために二つ目が発生してしまった悲劇でした。
まずはモーティマーの兄二人が精神に異常をきたし、妹が命を落とした最初の謎。黒幕はモーティマー自身で、動機は財産の独り占めでした。この謎に関する状況や証言をまとめておくと、次のようになります。
- 兄二人は異常な精神状態で妹は恐怖に顔をゆがめて絶命
- トランプや蠟燭などがそのまま残存
- 暖炉を使っていた
- 窓の外に何か動くものを見たとモーティマーが証言
部屋の状態が前夜のままであったことから、悲劇が起きたのはモーティマーが出ていった直後。そもそも誰かが訪問したのであれば三人は出迎えるはず。そして窓の外で感じた気配は暗かったため見えるはずがない、捜査を見誤らせるためにモーティマーがついた嘘だと、ホームズは推理します。
続いて起きたモーティマーの絶命。手を下したのは探検家のレオン・スターンデールで、動機は愛していたブレンダの命を奪われたからでした。
二つの悲劇に共通して使われたのが、「悪魔の足の根」と名付けられたアフリカのとある部族にしか伝わっていない粉末。探検家のスターンデールならではの凶器で、モーティマーはこれを盗み帰り際に暖炉に放り込んでいました。症状は脳の恐怖をつかさどる部分に影響を及ぼし、待っているのは狂気か落命。ポーター夫人や医者が最初の現場に入った直後に調子が悪くなったのは、まだ換気し切れていなかったからでした。
凶器特定に関する考察
本物語は怪奇小説に色濃い作品なので、凶器も未知なる粉末が使用されました。ただ、それでも凶器の特定はできなかったのか。文中にある要素をもとに考えてみたいと思います。
キーとなるポイントは以下でしょう。
- 二人が同じような症状で正気を失っていた
- リチャーズ医師とポーター夫人が気絶しかけた
- アフリカの探検家
まず、モーティマーの二人の兄の症状。仮に何か怖い出来事があったとして、二人ともまったく同じ症状を発することがあるでしょうか。一人ならまだしも二人であると「恐怖の出来事」が起こった確率はぐっと下がり、兄二人はいつの間にか正気を失っていたことの方を疑えます。
リチャーズ医師とポーター夫人が気絶しかけたことについては、終盤にホームズも指摘していました。ここも二人いるというのがポイントかもしれません。ただし結構さりげなく書いてあるのと、リチャーズ医師についてはモーティマーの証言なので信ぴょう性も怪しいものではあります。
最後にアフリカを探検しているスターンデールの存在。当時のアフリカはまだ植民地を巡ってヨーロッパの各国が衝突していた時期で、不明な点が多かったことから「暗黒大陸」と呼ばれていたそうです。したがって「アフリカ=未知なるもの」。アフリカを探検しているスターンデールなら、凶器につながるものを持っていたのではないかと推察できるのではないかと思います。
ドラマについて
ジェレミー・ブレットが主役を演じる海外ドラマ「シャーロック・ホームズの冒険」では、1988年に本物語を放送しました。以下は原作との相違点です。
- 窓を割って侵入し粉が盗まれる
- ホームズがラウンドヘイの素性を当てる
- トリジェニス家へ行ったときの出迎えがポーター夫人ではない
- ホームズがモーティマーの足を踏む
- モーティマーの目の前で窓から見えたという人影を疑う
- ブレンダの遺体を見に行ったホームズが珍しいネックレスを見つける
- スターンデールとの接触が崖
- 実験をしているときに見た幻想にモリアーティが出てくる
大筋は原作に忠実ですが、細かいところで変更があります。いちばんはブレンダのネックレスが発見されることでしょうか。ホームズがスターンデールとブレンダの関係に気付く、きっかけとして扱われています。
個人的に面白いと思ったのが、モーティマーの足跡を調べる方法。原作ではジョウロの水をこぼして地面を濡らしますが、ドラマではホームズがわざとモーティマーの足を踏んづけます。理由はわざとらしさを少しでも消すためかもしれません。
粉の危険な実験の最中、ホームズが見た幻想にモリアーティが出てきます。やはりホームズにとってモリアーティとの攻防は、忘れられない記憶であることの表われでしょう。
感想
二人の男が変な言葉でゲラゲラ笑って叫び歌い、一人の女性が恐怖に顔を引きつらせて息絶えている状況。文章だけだと流してしまいがちですが、ちゃんと想像してみると結構怖いです。人は想像の及ばないものに恐怖を感じるもの。他の物語でも見られる、コナン・ドイルが好んだ作風の一つです。
療養中にもかかわらず、普通に仕事をしているときより危険な実験を始めて「何やってんだ」と思わずツッコんでしまいました。しかし再確認できたのは、ホームズとワトスンの友情の深さ。救出劇、巻き込んで謝るホームズの姿、それに対しワトスンが「水くさい」の一言で片づけてしまう優しさ。最後、ホームズがスターンデールの復讐に対し「もし愛する女性がいたら同じことをしたかもしれない」と言いますが、ワトスンに重ねてしまったのは自分だけじゃないはず(?)。
本作品をワトスンが執筆するきっかけになったのが、ホームズから届いた電報でした。なぜ13年経ってからホームズが珍しく記録を勧めてきたのか、真実は書かれていません。ただ、スターンデールが亡くなったことを知ったホームズが、凶器となった粉末を世に広める必要があると考えたのではないと想像しています。
少しでも楽しんでもらえたら嬉しいです。読んでいただき、ありがとうございました。
その他のホームズ作品のネタバレ解説はコチラから探せるので、良かったらご参照ください。
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スターンデールは既婚者で、離婚してブレンダと再婚したかったができないでいたというのですが、カトリック教徒でないのなら離婚はできると思うのですが、何か理由があるのでしょうか?妻の側に離婚されるような理由がなく同意が得られない場合、裁判や弁護士費用が必要だからでしょうか?ご教示ください。
井澤秀記さん、
ワトスンの記録によると1897年の出来事で、このときは離婚が容易にできなかった時代でした。
当時のイギリスの法律によると、唯一離婚を認める理由は不貞行為のみ。
つまりスターンデールの妻は去ってはいたが生きており、かつ不貞行為の事実・証拠もなかったため離婚が認められなかったのだと思います。
なお、不貞行為以外での離婚が認められるようになったのは1937年のようです。
このときの法律条項には「3年以上の遺棄」があるので、スターンデールも離婚できるようになります。
40年も待たなければならなかったわけですね(^-^;
回答ありがとうございます。
私なりに調べると、Matrimonial Causes Act of 1857 があり、足コツさんのおっしゃる通り、夫から離婚を裁判所で妻の不貞を立証しなければならないと定められていたようです。他方、両者の合意があれば離婚できたのかもしれませんが、別居中の妻が離婚に合意しなかったからかもしれません。訳書に訳者注をつけてほしかったです。