オリエント急行殺人事件のネタバレ解説・相関図・あらすじ・感想
アガサ・クリスティのミステリー小説『オリエント急行殺人事件(オリエント急行の殺人)』。この物語は、アガサ・クリスティの作品でも特に奇抜な結末を迎えることで有名な、実際に起こった惨事に着想を得て作られたポアロシリーズの長編第八作目です。
そこでこのページでは、「人物相関図」や「物語のポイント」を確認しながら、本作品の解説と考察を行います。すべてネタバレになりますので、「まだ読んでない」という方は十分にご注意ください。
物語について
解説の前に、最終的な人物相関図とあらすじをざっとおさらいしておきます。「そんなの必要ないよ」という方は読み飛ばしちゃってください。
最終的な人物相関図
以下は、本作品の登場人物の最終的な相関図です。パソコンの場合は画像をクリックして拡大、スマホの場合はピンチアウトしてご覧ください。
あらすじ
◆ 真冬のオリエント急行
真冬の寒い季節。旅行には適さない時期にもかかわらず、オリエント急行の寝台車が不思議と満員だった。
急ぎロンドンへ帰らなければならなかったポアロは、再会した旧友のブークに都合してもらいなんとかオリエント急行に乗車する。あらゆる階層、国籍、年齢の人々が、車内には集まっていた。
◆ ラチェット絶命
命を狙われているというラチェットからのボディガードの依頼を断った夜、ポアロは悲鳴のような声で目を覚ます。様子を見に通廊を覗いてみるが、隣からラチェットの声が聞こえたため何事もないと思われた。
ところが翌朝、息絶えたラチェットが自身の車室の中で発見される。計12か所、右手や左手、深さや大きさがさまざまな刺し傷を残して。
◆ ラチェットの正体
部屋に残っていた黒焦げの紙切れを復元し、ラチェットの正体が判明する。本名はカセッティと言い、アメリカに住んでいたアームストロングの娘を連れ去って一家を破滅に追い込んだ極悪人だったのである。
ブークから捜査を頼まれたポアロは、寝台車の乗客一人一人に聞き込みを開始。一通り聞き話の筋も通っていたが、複数人が見た車掌と赤い着物の女性がどこへ行ったかは謎だった。
◆ 二つの結末
灰色の脳細胞を働かせたポアロは、小さな矛盾から驚くべき事実を明らかにしてみせる。乗客のほとんどが、アームストロング家と関わりがある人間だったのである。
そしてポアロは乗客を食堂車に集め、すべての真相を語り出す。二つの結末を用意して。
解説と考察
それでは本物語の解説と考察に移ります。
犯人と真相
ラチェットを手にかけたのは、ポアロを除いた寝台車の乗客全員と車掌を合わせた計13人というとんでもない結末。ただしヘレナ・アンドレニは関与しているものの、ラチェットを直接刺しておらず夫のルドルフに代理させています。刺し傷が人数より1つ少ない12か所だった理由です。
動機はアームストロング家を破滅に追い込んだカセッティへの憎悪。人物相関図でも記しましたが、手を下した人たちにはアームストロング家と次の接点がありました。
人物名 | アームストロング家との接点 | 補足 |
---|---|---|
キャロライン・マーサ・ハバード | ソニア・アームストロングの母 | 本名はリンダ・アーデン |
ヘレナ・アンドレニ | ソニア・アームストロングの妹 | 旧姓はゴールデンバーグ |
ルドルフ・アンドレニ | – | アームストロング家とは直接関係はない |
ナタリア・ドラゴミロフ | リンダ・アーデンの友人 | – |
メアリ・ハーマイオニ・デブナム | ソニア・アームストロングの秘書 | ヘレナ・ゴールデンバーグの家庭教師 |
ヘクター・ウイラード・マックイーン | ソニア・アームストロングを慕っていた | – |
アーバスノット | ジョン・アームストロングの親友 | – |
エドワード・ヘンリー・マスターマン | ジョン・アームストロングの召使 | – |
グレタ・オールソン | デイジー・アームストロングの育児係 | – |
ピエール・ミシェル | スザンヌの父親 | – |
サイラス・ベスマン・ハードマン | スザンヌの恋人 | – |
ヒルデガード・シュミット | アームストロング家の料理人 | – |
アントニオ・フォスカレリ | アームストロング家の運転手 | – |
善良なる一家の娘が理不尽にも命を奪われ、妻はショックで身籠っていた子とともに絶命。夫は自らをピストルで撃ち、子守娘までもが追い込まれて命を絶った。アームストロング家を襲った悲劇に家族、友人、恋人、仕え人たちがやるせない思いとどうしようもない怒りを抱え、結託してカセッティへの復讐を誓います。
想定していた結末
彼らはどのような筋書きを用意していたのか。それぞれのアリバイや設定を見ていきましょう。
アリバイの証明
後述する矛盾点にもなっているのですが、階層、国籍、年齢がバラバラなので、「寝台車の乗客にはまったく接点がない」という設定が前提です。したがってある人がある人のアリバイを証明した場合、庇う理由がないため正しいと判断されます。
これを踏まえて、アリバイの証明をするために次のペアが組まれました。
- マックイーンとアーバスノット
- マスターマンとフォスカレリ
- デブナムとオールソン
これで六人に鉄壁のアリバイを持たせることができます。
続いて重要な存在がミシェルで、彼はマックイーンとアーバスノットに加えて、ハバード、ドラゴミロフ、シュミットのアリバイの証人です。ミシェルの行動を表にすると以下のようになります。
時刻 | 行動 |
---|---|
12時37分 | ラチェットに呼ばれ会話する |
12時45分 | ドラゴミロフの部屋に行きシュミットを呼んでくるよう言われる |
1時過ぎ | 隣の車掌と会話 |
1時17分 | ハバードに呼ばれ中に人がいると言われる |
1時45分 | マックイーンのベッドを支度する |
何も用事がないとき、ミシェルは車両のいちばん端に座って通廊を見ていました。その証明がハードマンの存在。ハードマンはラチェットに頼まれたことにして怪しい人物がいないか監視していましたが、ミシェルの行動を裏付ける役割を担っています(同時にミシェルもハードマンのアリバイを証明しています)。
残りはアンドレニ伯爵と妻・ヘレナ。二人は「それぞれの部屋で眠っていた」と話しましたが、夫婦であるためアリバイの証明としては弱いです。しかしアンドレニ伯爵は「名誉にかけて誓う」と妻が部屋から出ていないことを断言したため、ポアロも信じるに値すると判断します。アンドレニ伯爵自身のアリバイは不明確ですが、アームストロング家と直接的な関わりがないため動機の線で逃げられると考えたのでしょう。
これで寝台車に乗っているポアロ以外の乗客12人と車掌・ミシェルのおおよそのアリバイが証明されました。おおよそと表現したのは、全員のアリバイがカンペキではないから。特に曖昧なのは1時17分以外アリバイがないハバードですが、補う要素としてお人好しの子供好きな母親を演じて疑いを逸らす工夫をしています。「まさかあんな人がやるわけがない」と思わせるために。
見知らぬ車掌
ラチェットを刺した人物として用意されていたのが見知らぬ車掌の存在です。車掌には次の行動が想定されていました。
- 停車した駅で開いていたドアから車掌の服を着て電車内に侵入
- 合いカギを使ってラチェットの車室に入る
- ラチェットを刺す
- ハバードの部屋に入ってカギを洗面袋に投げ入れて通廊に出る(その際ボタンを落とす)
- シュミットのスーツケースに車掌の服を押し込む
- 電車が発つ前に入ってきたドアから逃げる
これはポアロが出した第一の解答であり、全員の総意となった結末です。解答に対するいくつかの疑問点について、ポアロは以下のように説明しています。
疑問点 | ポアロの説明 |
---|---|
1時15分を指していた時計 | 1時間進んでいたため本当は12時15分だった |
12時37分にラチェットの部屋から聞こえた声 | 自分が疑われはしないかと怖気ついた第三者が噓をついた |
ハバードも時計を戻し忘れていた | 無意識下にあったため正確な時間はわからなかった |
1時15分ころに男を見たというシュミットの証言 | アリバイのないドラゴミロフに有利なるよう噓をついた |
完ぺきな筋書きのように思われますが、実は一つ問題があります。それは、見知らぬ車掌がラチェットを刺して発車する前に電車を降りたという設定です。
ポアロの説明により、ラチェットを刺したのは12時15分。一方、電車がヴィンコヴチを発ったのは、ミシェルの証言により12時8分。つまり電車は走行中なので、出発前に降りることはできません。ミシェルが噓をついた可能性は、ほかの車掌に確認されたらわかってしまうことなのでまずないでしょう。
したがって見知らぬ車掌がラチェットを刺したとする説には矛盾があります。絶対的な信頼のあるポアロが説明すれば何とかなるかもしれませんが、降りたのは雪溜りに突っ込んだ12時半以降とする方が妥当でしょう。ただしそれも偶然なので、計画としてはずさんですが…(ちなみにヴィンコヴチの次の停車駅はザグレブというところで、今の電車でも3時間以上かかるみたいです)。
赤いキモノの女性と二つの証拠品
事態を一層混乱させるために用意されたのが、赤いキモノの女性と次の証拠品です。
- パイプクリーナー
- Hのイニシャルが付いたハンカチ
パイプクリーナーはアーバスノットに嫌疑がかかるもの。しかしアーバスノットにはマックイーンとずっと話していたという鉄壁のアリバイがあります。ミシェルも一部分それを証明しているので、アーバスノットが実際に手を下すことは不可能な状況でした。
ハンカチはドラゴミロフに疑いを向けさせる証拠品。12時からシュミットを呼ぶまで一人の時間はありますが、ラチェットの体に残っていた傷口の深さからドラゴミロフにはできないことが明らかです。
そして極めつけは赤いキモノの女性。ポアロだけではなく、ミシェル、マックイーン、デブナムも目撃しているため、存在を立証しなければならないという余計な手間をかけさせました。
最終的にはアリバイ等の状況証拠により嫌疑が晴れる。真相から目を背けさせ続けるために用意されたこれらの計画は功を奏し、ブークやコンスタンチンが絶望するほどの混乱を与えることに成功します。
謎を解くためのヒント
本作品の真相にたどり着く中でもっとも重要なのは全員の関与を考えられるかという柔軟性ですが、ヒントとなるものとしては以下のいくつかの矛盾が挙げられます。
- 旅行には適さない季節にもかかわらずオリエント急行が満員
- 刺し傷の種類
- デブナムの電車遅延に対する態度の違い
- ハバードの車室にあるかんぬきの位置
最初の二つの不自然さが、大人数の関与をほのめかしている重大なヒント。なぜラチェットが命を奪われた日に限って満員なのか、なぜ深さ・大きさ・利き手の異なる傷があるのか。その疑問に向き合い深く考えられるかどうかが、真相を解明するためのカギとなってきます。
デブナムの電車遅延に対する態度の違い、ハバードのかんぬきについての証言は、明らかにおかしな点です。加えてマックイーンが言葉に詰まったり、ドラゴミロフが「宿命」と呟いたことも、怪しい人物が複数いることを示唆しています。
本作品の掟破りな真相にたどり着くのは至難の業です。しかしこれらの状況や証言を丁寧に紡いでいけば、全員の関与という答えを導き出すことができるのではないかと思います(自分はもちろんできませんでした)。
ドラマ「名探偵ポワロ」について
デヴィッド・スーシェが主役を演じる海外ドラマ「名探偵ポワロ」では、2010年に本物語を放送しました。ストーリーの流れはおおむね同じですが、多くの点で原作から変更が施されています。以下はキャストと、比較的大きな相違点です。
キャスト
登場人物名 | 役者名 |
---|---|
エルキュール・ポワロ | デヴィッド・スーシェ |
サミュエル・ラチェット | トビー・ジョーンズ |
ジョン・アーバスノット大佐 | デビッド・モリッシー |
メアリー・デベナム | ジェシカ・チャステイン |
ハバード夫人 | バーバラ・ハーシー |
ザビエール・ブーク | セルジュ・アザナヴィシウス |
ピエール・ミッシェル | デニス・メノーシェ |
ナタリア・ドラゴミノフ公爵夫人 | アイリーン・アトキンス |
ヒルデガード・シュミット | ズザンネ・ロータ |
コンスタンチン医師 | サミュエル・ウェスト |
テディ・マスターマン | ヒュー・ボネヴィル |
ヘクター・マックイーン | ブライアン・J・スミス |
グレタ・オルソン | マリ=ジョゼ・クローズ |
ルドルフ・アンドレニ伯爵 | スタンリー・ウェバー |
エレナ・アンドレニ伯爵夫人 | エレナ・サチン |
アントニオ・フォスカレリ | ジョゼフ・マウル |
原作との主な違い
- ポワロが負い目を感じてオリエント急行に乗車している
- デベナムがラチェットにケガを負わされている
- 事情聴取の順番が違う
- ハードマンが登場しない
- 結末
ドラマでは事情聴取の順番が異なるとともに、持ち物検査やヘレナのパスポートの染みを指摘する場面などを間に挟んでいます。原作では中盤から解決編にかけて事情聴取に終始するので、メリハリをつけたかったのでしょう。
そしていちばんの相違点は結末。まずはハードマンが登場せず、代わりに医者のコンスタンチンが制裁に加わっています。ハードマンはスザンヌの恋人でしたが、その役割はフォスカレリに統合。デイジーがさらわれたときに、デベナムが手に重傷を負わされていたという過去も追加されていました。
すべてを知ったポワロは、ラチェットに手を下した全員に激怒。真相を警察に話そうとしていましたが、デベナムの言葉で考えを改め架空の車掌がやったと噓をつきます。それは冒頭で、自分が追い詰めたがために一つの命を絶たせてしまったことに後悔を感じていたから。判断を誤ったけれど善人だった12人の未来のため、ポワロは罰を承知で掟を破ります。
※原作には描かれていなかった、真相を闇に葬るための理由が必要だったのだと思います。
感想
おそらく何も知らなければ大半の人が驚くであろう結末に、自分も例に漏れず衝撃を受けました。ポアロ対13人という構図も面白いですし、証言を聞く人物全員がラチェットに手を下しているため常に緊張感がある。「13人が黒幕なので一人一人の想いの深さが浅く、感情移入としては分散しちゃったかなぁ」。実は最初そう感じもしましたが、読めば読むほど13人の想いが一つとなって膨れ上がっていきました。
というのは、このページを書く前に証言の矛盾を確かめるため、メモを取りながら照らし合わせるという作業を行いました。かなり骨折りな作業でしたが、確かめられたのは計画・実行がほぼ完ぺきである美しさ。計画を立てたデブナムとマックイーンはもちろん、実行した全員に相当な覚悟と決意があったことの証だと思います。
不運は偶然にもポアロが乗り合わせてしまったこととオリエント急行が止まってしまったこと。もしかしたら不吉と言われる「13」という数字がそうさせたのかもしれません。しかしポアロに真相を明らかにしてもらったことで、全員の後ろめたさが多少やわらいだのではないでしょうか。
ただ、自分はどんなことがあっても復讐は否定派です。「やられたらやり返す」という気持ちがある限り、人間の憎しみは増えていくばかりだから。
少しでも楽しんでもらえたら嬉しいです。読んでいただき、ありがとうございました。
その他のポアロ作品のネタバレ解説はコチラから探せるので、良かったらご参照ください。
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