ナイルに死す(ポワロ)のネタバレ解説・あらすじ・相関図・感想
アガサ・クリスティのポアロシリーズ長編第十五作目となる『ナイルに死す』。この物語は、ナイル川を旅行中のポアロがとある悲劇に巻き込まれた、中近東シリーズの最高傑作と称されている名作です。
そこでこのページでは、「人物相関図」と「アリバイトリックの流れ(図アリ)」を確認しながら、本作品の解説と考察を行います。すべてネタバレになりますので、「まだ読んでない」という方は十分にご注意ください。
物語について
解説の前に、最終的な人物相関図とあらすじをざっとおさらいしておきます。「そんなの必要ないよ」という方は読み飛ばしちゃってください。
最終的な人物相関図
以下は、本作品の最終的な人物相関図です。パソコンの場合は画像をクリックして拡大、スマホの場合はピンチアウトしてご覧ください。
あらすじ
◆ 略奪と復讐
お金も美貌も兼ね備えた社交界の花形リネット・リッジウェイが結婚。相手はサイモン・ドイルと言い、彼女の親友であるジャクリーン・ド・ベルフォールと婚約していた人物だった。
サイモンを奪われてからというもの、ジャクリーンは二人の行く先々に出現。そしてついには、新婚旅行で来たナイル川にも現れたのである。
◆ 狙われたリネット
ジャクリーンから逃れようとして綿密に練った計画も、彼女には通用しなかった。そんな状況に辟易しながらも、リネットとサイモンはナイル川を上り、大寺院(アブ・シンベル)を見学する。
すると突然、崖の上から転がってきた岩がリネットのそばに落下。ジャクリーンの仕業かと思いきや、彼女は船に残ったままだったので実行は不可能だった。
◆ 悲劇
船も折り返していた深夜に悲劇が起きる。ジャクリーンがサイモンに向けて発砲し、大ケガを負わせたのである。
取り乱したジャクリーンはコーネリアとファンソープに連れられ、サイモンも彼らとベスナーに運ばれ船室へ。しかし本当の悲劇は、翌朝、リネットが銃で撃たれた状態で発見されたことだった。
◆ 深さゆえに
当然疑われたジャクリーンだったが、彼女には「船室にいた」という鉄壁のアリバイがあった。そこでポアロと別任務で居合わせたレイスは、乗船客の事情聴取を行っていく。
ところがその間にも、ルイーズとミセス・オッタボーンが何者かによって次々と落命。そしてポアロはすべてを悟り、悲しい結末を迎える…。
解説と考察
それでは、本物語の解説と考察に移ります。
まず、本物語は大きく分けて次の4つの謎が重なったことで、事態が複雑となってしまいました。
- リネットを銃撃したのは誰か:サイモン・ドイル
- リネットに岩を落としたのは誰か:アンドリュー・ペニントン
- 真珠を盗んだのは誰か:ティム・アラートン
- レイスが追っていた人物は誰か:シニョール・リケティ
重要なのは、それぞれ実行した人物が別だということ(なんでこんなにも悪い人が集まっているんだということは置いておいて…)。すべて同じ人物だと考えてしまうと、永遠に謎を解くことができません。
それを前提として、ここではリネット銃撃の際、どのようなアリバイトリックを用いて容疑者から外れようとしたのか、図を用いて解説と考察を行います。
アリバイトリックについて
下図は、アリバイトリックの流れを記載したものです(パソコンの場合は画像をクリックして拡大、スマホの場合はピンチアウトしてご覧ください)。
※実際のジャクリーンとリネットの船室の位置は一つずれていますが、便宜上隣に描いています。
補足すると、①の発砲はサイモンに命中していません。しかし当たって大ケガをしたフリをすることで、サイモンは動けないということを目撃させておきます。
②では、一人にならなければならないサイモンが、コーネリアとファンソープにジャクリーンの付き添いを指示。これ以降、ジャクリーンは常に誰かといっしょにいるため、鉄壁のアリバイを手にします。
そして③と④で実際には無傷のサイモンがリネットの船室に入って銃撃。この行き来を、たまたま眠れなかったというルイーズに目撃されてしまいました。
その後、⑤で展望室に戻ったサイモンは自分の脚に向けて発砲。⑥でファンソープとベスナーが駆けつける前に、ピストルを川に投げ捨てます。結果、サイモンはジャクリーンに撃たれてからずっと動けなかったということになり、彼もまた鉄壁のアリバイを手にする訳です。
では、この謎を解くためにはどのように考えれば良かったのか。それは、次のポアロの発言に尽きると思います。
なぜピストルが河の中に投じられたか?
出典元:ハヤカワ文庫『ナイルに死す(第二部エジプト-17)』アガサ・クリスティー/加島祥造訳
理由は、ヴァン・スカイラーの肩掛けが見つからないようにするためでした。しかし三つの点を見逃してはなりません。
- ジャクリーンに銃撃をなすりつけたいのならピストルは発見されるようにすること
- ピストルがないと気付いたのはファンソープがサイモンを運んだ直後だったこと
- サイモンがいる間であれば必ず気づいたこと
つまり、サイモンが運ばれた後の数分間にピストルが持ち去られたのであれば、必ず発見されなければならないということです。このことから、サイモンがピストルを捨てたということになり、ジャクリーンとの共謀説につなげることができます(サイモンが窓を開けていたこともポイントの一つだと思います)。
唯一気になったのは、赤インキを使ったときに酢のような臭いはしなかったのかということ。ただ、ジャクリーンのヒステリーをきっかけにサイモンに近づく者はいなかったため、問題なかったのだと思います。
ヒントはあったのか
ジャクリーンとサイモンのつながりを示すヒントは、いくつか散りばめられていました。例えば、二人とも語った「月と太陽」の発言。
【リネット談】
ところがひとたび太陽がでてくると、あの月は見えなくなってしまうんです。あたしたちの問題がこれと同じです。あたしは月でした……太陽が出た途端に、サイモンの目にはあたしが見えなくなってしまったのです……彼は目がくらんだんです。太陽であるリネットの外には何も見えなくなったんです
出典元:ハヤカワ文庫『ナイルに死す(第二部エジプト-4)』アガサ・クリスティー/加島祥造訳
【サイモン談】
ちょうど、太陽が出た時の月みたいなもんでね。彼女の存在がうすくなったんです。リネットに会った瞬間から、ジャッキーは存在しなくなっちまった
出典元:ハヤカワ文庫『ナイルに死す(第二部エジプト-5)』アガサ・クリスティー/加島祥造訳
婚約していたため同じ表現を用いるのはおかしくないかもしれませんが、この例えはリネットとサイモンが結婚した後に考えられたもの。つまり、険悪の仲であるにもかかわらず同じ表現というのは、偶然にしては出来過ぎです。
また、ジャクリーンはそもそもどうやってリネットとサイモンの行き先を知ったのか。リネットが命を落としている以上、サイモンが話しているとしか考えられません。
このように、ヒントは文中にいくつか見つけることができます。リネットがたびたびポアロに助けを求めたことや、サイモンが「ジャッキーを信用しさえすればいい」と言ったことも、ヒントに当たると思います。
ドラマ「名探偵ポワロ」について
デヴィッド・スーシェが主役を演じる海外ドラマ「名探偵ポワロ」では、2004年に本物語を放送しました。以下はキャストと、原作との主な相違点です。
キャスト
登場人物名 | 役者名 |
---|---|
エルキュール・ポワロ | デヴィッド・スーシェ |
レイス | ジェームズ・フォックス |
マリー・ヴァン・スカイラー | ジュディ・パーフィット |
ファーガスン | アラステア・マッケンジー |
ジャクリーン・ド・ベルフォール | エマ・グリフィス・マリン |
サイモン・ドイル | JJ・フィールド |
ミセス・アラートン | バーバラ・フリン |
ベスナー | スティーヴ・ペンバートン |
ティム・アラートン | ダニエル・ラパイン |
コーネリア・ロブスン | デイジー・ドノヴァン |
リネット・リッジウェイ | エミリー・ブラント |
ロザリー・オッタボーン | ゾーイ・テルフォード |
アンドリュー・ペニントン | デヴィッド・ソウル |
サロメ・オッタボーン | フランシス・デ・ラ・トゥーア |
原作との主な違い
- 登場人物が少ない
- ジャクリーンが結婚の報告と同じ日にリネットにサイモンを紹介する
- 落石のときジャクリーンも神殿にいる
- コーネリアがジャクリーンのアリバイ証人
- コーネリアがヴァン・スカイラーの盗った銃を返す
- ポワロがエジプトに来る前にジャクリーンとサイモンを見ていない
省かれている部分もありますが、物語は原作にかなり忠実です。違いを挙げるならば、登場人物が削られていること。船に乗っていた人物の中だけでも、バウァーズ、ファンソープ、リケティ、フリートウッドが登場しません。
バウァーズは原作でジャクリーンに付き添ってアリバイを証明し、ヴァン・スカイラーが盗んだ銃を返す重要な役割を担っていました。その役割はコーネリアに統合。ただしコーネリアは看護師ではないため、ジャクリーンにモルヒネを注射するなどの要素はカットされています。
感想
お金によって純粋な愛が失われてしまった悲しい話。それが読了後、最初に抱いた想いでした。
確かにお金があれば不自由なく過ごせることも事実です。しかし人を傷つけてお金を手に入れたところで、本当の幸せは手に入りません。ずっと後ろめたい想いを抱えて生きていかなければなりませんし、次第に人として壊れて「すべてがどうでもいい」という感情に支配されていきます。
また、ジャクリーンも悪事に手を染める前の段階で本当の愛情を示すべきだった(本人は気づいていましたが、勇気が足りませんでした)。そんな二種類の人間の弱さが招く結末を、アガサ・クリスティは物語を通して伝えたかったのではないかと思います。
一つ気になったのは、リネットはサイモンの気持ちが自分ではなくジャクリーンに向いているのに気づかなかったのかということ。恋は盲目ゆえに気づかなかったのか、それとも今まで何でも手に入れていたから「いずれどうにかなる」と考えていたのか。初めて芽生えた愛情のために警戒心を抱かなかったと信じたいですが、定かではありません。
最後に、ジャクリーンがことを起こす前にポアロが抱いた次の考えにツッコミを入れておきます。
あの視線の中には何かしら訴えるような気持がひそんでいたと判断した。彼は後日、このまなざしを想い返すことになるのである。
出典元:ハヤカワ文庫『ナイルに死す(第二部エジプト-11)』アガサ・クリスティー/加島祥造訳
いや、眠い中でもそこまで考えられるんだったら阻止してあげてよ(物語にならなくなります)。
少しでも楽しんでもらえたら嬉しいです。読んでいただき、ありがとうございました。
その他のポアロ作品のネタバレ解説はコチラから探せるので、良かったらご参照ください。
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