満潮に乗って(ポワロ)のネタバレ解説・あらすじ・感想・相関図
アガサ・クリスティのミステリー小説『満潮に乗って』。この物語は、後ろ盾を失った親戚全員が1人で莫大な遺産を相続した未亡人への憎しみを募らせる、ポアロシリーズの長編小説第二十三作目です。
そこでこのページでは、「人物相関図」や「物語のポイント」を確認しながら、本作品の解説と考察を行います。すべてネタバレになりますので、「まだ読んでない」という方は十分にご注意ください。
物語について
解説の前に、最終的な人物相関図とあらすじをざっとおさらいしておきます。「そんなの必要ないよ」という方は読み飛ばしちゃってください。
最終的な人物相関図
以下は、本作品の登場人物の最終的な相関図です。パソコンの場合は画像をクリックして拡大、スマホの場合はピンチアウトしてご覧ください。
あらすじ
◆ ゴードン・クロードの遺産
お金の面で親戚一同の面倒を見ていた資産家のゴードン・クロードが、未亡人のロザリーンと結婚する。ところがイギリスに帰ってきた直後に空襲に遭い、ゴードンと邸の使用人3人が命を落とした。
ゴードンは結婚してからの遺言状をまだ書いていなかったため、遺産のすべてを生き残ったロザリーンが相続。実質妹のお金を握っていたデイヴィッド・ハンターは考えていた。「ゴードンの親戚全員がロザリーンの命を奪う気を充分持っている」と。
◆ イノック・アーデン
イノック・アーデンと名乗る男が村にある宿「スタグ」に滞在し、デイヴィッドを手紙で呼び出す。ロザリーンの最初の夫のロバート・アンダーヘイが実は生きており、バラされたくなかったらとお金を要求した。
デイヴィッドがお金を渡すと約束した日の翌朝、アーデンが後頭部をたたき割られ息絶えているのが発見される。9時10分過ぎで止まった時計、イニシャル「D・H」入りのライター、口紅が現場の部屋から見つかった。
◆ イノック・アーデンの正体
ケイシイの訪問、そして何より過去にクラブで聞いたイノック・アーデンという架空の人物が命を奪われたことに、ポアロは興味を覚えていた。その矢先にローリイが訪ねてきて、ロバートの知人を探してほしいと依頼してきたのである。
ポアロはクラブで話をしていたポーター少佐に連絡を取り、アーデンがロバートだとの証言を得ることに成功する。しかし一方のロザリーンは頑なに知らない人だと主張し、アーデンについて相反する証言が出てくることとなった。
◆ 合わない辻褄
翌日、ポーター少佐が自らのこめかみを撃ち息絶えているのが発見される。アーデンの正体はフランセスのまたいとこのチャールズで、偽証に責任を感じ命を絶ったのである。
さらに遺書のようなものを残し、ロザリーンが大量のモルヒネを飲んだことが原因で絶命。ポアロはこれが冷酷に命を奪われたと確信し、まともではない3つの落命の謎の真相を語り始める。
解説と考察
それでは本物語の解説と考察に移ります。
3つの落命の真相
本物語はイノック・アーデン、ポーター少佐、ロザリーン・クロードの3人が命を落としました。それぞれは1つにつながってはいるのですが、同じ人物が命を奪ったわけではありません。ひとつひとつ、その真相を見ていきます。
イノック・アーデン
突如として村に現れたイノック・アーデンの命を奪ってしまったのはローリイ・クロードでした。原因はアーデンがフランセスのまたいとこのチャールズだと知り、身内の裏切りを感じたから。ローリイはカッとなって顎に一発食らわせたのですが、運悪くアーデンが大理石の化粧縁に頭を打ち息絶えてしまったのです。
アーデン落命の日(火曜日)の夜の出来事をまとめたのが次の図です。
ポイントはデイヴィッドがアーデンの命を奪ったようローリイが偽装したこと、デイヴィッドが自分に疑いがかかると確信しさらなる偽装を施したことでしょう。結果的にアーデン落命の時刻がずるずると後に見え、オレンジのスカーフの女に疑いがかかることとなりました。
デイヴィッドがオレンジのスカーフの女が現れた時刻(10時15分ころ)のアリバイ作りに使ったのが、リンへの電話です。当時の電話の交換手を使ったトリックで、以下の流れで行われました。
- ロザリーンが交換手を真似てリンに電話
- ロザリーンは電話を切る
- タイミングを見計らってデイヴィッドがリンに電話
これでデイヴィッドがロンドンの滞在先からリンに電話をかけたように見え、確固たるアリバイを手に入れる算段だったのです。
ポーター少佐
ポーター少佐は自ら命を絶ちました。原因はアーデンをロバート・アンダーヘイと偽証したことによる責任。もともと誠実な性格のポーター少佐はウソに加え、自分のせいでデイヴィッドに嫌疑がかかったことに耐えられなかったのです。
偽証の話に乗ってしまったのは、恩給暮らしという経済的ひっ迫が理由。そして取引を持ち掛けたのは、ジャーミイからポーター少佐の話を聞いていたローリイでした。ポーター少佐は真実を記した遺書を残していたのですが、いち早く遺体を見つけたローリイが明るみになるのを怖れて持ち去っていたのです。
ローリイがポアロにロバートの知人を探してほしいと依頼したのも計算のうち。ポアロが同じ場にいてポーター少佐の話に耳を傾けていたのを、ジャーミイから聞いていたのでしょう。したがってポアロがポーター少佐に連絡を取ることは、ローリイとしては予定調和でした。
ロザリーン・クロード
まず、本物のロザリーンはゴードンとともに命を落としていました。扮していたのはゴードンの使用人の1人だったアイリーン・コリガン。ロザリーンが生きていればゴードンの遺産を相続できるため、デイヴィッドがアイリーンを代役に立てていたのです。
なぜデイヴィッドがロザリーンをアーデンに会わせなかったかの理由も、これで説明がつきます。もしアーデンがロバートだった場合、ロザリーンが本物でないと露見してしまうからです。
計画通りゴードンの遺産を手に入れたデイヴィッドでしたが、次の2つの理由でアイリーンがジャマになってきました。
- アイリーンが良心の呵責によりいつ真実を語ってしまうかわからない
- リンが欲しい
これがデイヴィッドがアイリーンを亡き者にした動機。お金の面で見れば自分はゴードンの遺産を失う立場なので、動機がなく絶対に疑われないと踏んでいました。損はするけれども、リンを手に入れて得をする道を選ぼうとしたわけです。
満潮に乗っての意味・由来
本作『満潮に乗って』の英語でのタイトル(原題)は「Taken at the Flood」です。これはシェイクスピアの『ジュリアス・シーザー』の4幕3場に出てくるブルータスのセリフが由来。
およそ人の行ないには潮時というものがある、
うまく満潮に乗りさえすれば運はひらけるが、
いっぽうそれに乗りそこなったら、
人の世の船旅は災厄つづき、
浅瀬に乗り上げて身うごきがとれぬ。
いま、われわれはあたかも、
満潮の海に浮かんでいる、
せっかくの潮時に、流れに乗らねば、
賭荷も何もかも失うばかりだ。出典元:『ジュリアス・シーザー』シェイクスピア
デイヴィッドに焦点を当ててみると、アイリーンを代役に立て満潮に乗れたのでゴードンの遺産を手に入れました。しかし徐々に潮の流れが変化(リンの出現が大きな分かれ目だと思います)。アイリーンと遺産を捨ててもう1度満潮に乗ろうとしますが、失敗して浅瀬に乗り上げてしまいます。
クロード一族に関しては、ゴードンが生きているうちが満潮でした。ところがゴードンの急な落命により激変。何の準備もしていなかったことがあだとなり潮時に乗り損ねた、というより放り出されたという表現が正しいように思います。
ドラマ「名探偵ポワロ」について
デヴィッド・スーシェが主役を演じる海外ドラマ「名探偵ポワロ」では、2006年に本物語を放送しました。以下はキャストと、原作との主な相違点です。
キャスト
登場人物名 | 役者名 |
---|---|
エルキュール・ポワロ | デヴィッド・スーシェ |
デヴィッド・ハンター | エリオット・コーワン |
ロザリーン・クロード | エヴァ・バーシッスル |
リン・マーチモント | アマンダ・ダウジ |
ローリー・クロード | パトリック・バラディ |
ハロルド・スペンス警視 | リチャード・ホープ |
アデーラ・マーチモント | ジェニー・アガター |
フランシス・クロード | ペニー・ダウニー |
キャシー・クロード | セリア・イムリー |
ライオネル・ウッドワード | ティム・ピゴット=スミス |
ジェレミー・クロード | ピップ・トレンス |
原作との主な違い
- ポーター少佐がポワロにクロード一族の話をしたのが現代
- クロードの一族が来た目の前でゴードンの邸が吹っ飛んだ
- ポワロとリンが知り合い
- ロザリーンが嫌がらせの電話を受けている
- ポワロがパーティーに参加しているときにフランシスがロザリーンにお金を借りようとする
- ビアトリスがデヴィッドとアーデンの話を聞いたのがドアの前
- ビアトリスがアーデンの遺体の第一発見者
- チャールズがフランシスの兄
- ロザリーンが一命を取りとめる
- ポワロが関係者全員の前で真相を語る
- リンがローリーと結婚せずアフリカに戻る
アーデンとポーター少佐の落命の真相は、ローリーが関与していて原作と同じです。しかしドラマではロザリーン(アイリーン)が命を落とさず、その理由はライオネルがモルヒネをすり替えていたからでした。そしてデヴィッドがした本当の悪事は、本物のロザリーンを邸ごと吹っ飛ばしたこと。動機は自分を見捨て、ゴードンと幸せな結婚をしたことに憎しみを抱いたからでした。
ロザリーンが嫌がらせの電話を受けているという追加要素もあります。電話していたのはキャシーで、アデーラがその場面を目撃。もう二度としないという条件で、アリバイ作りに手を貸しました。
本作で使われたロケ地の中で特定できた場所をまとめておきます。良かったらご参考ください。
登場シーン | ロケ地 | 地図 |
---|---|---|
マーチモント家の外観 | チルワース・マナー | Googleマップ |
ファロウ・バンクの外観 | エングルフィールド・ハウス | Googleマップ |
スタグの外観 | ザ・ジョージ・ホテル | Googleマップ |
感想
悲劇の発端はやはり約2年前のゴードンの落命なのかなと思いました。なぜならゴードンが生きていればクロード家がお金に困ることはなく、デイヴィッドも変な気を起こさずに済んだからです。ただしクロード家に関してはデイヴィッドの言う通り、「何事も安全ではない」という気持ちを持っていなければならなかったのは確かでしょう。
ポアロがまともじゃない、辻褄が合わないと語っていましたが、動機を持っていない人物が黒幕だという点が面白かったです。やはり動機は重要な要素で、ないとそもそも命を奪うなんてことするはずがないと考えてしまいます。その固定観念を振り払わない限り本作の謎は解けず、拡大解釈かもしれませんが、クリスティが仕掛けた最大のトリックだったのではないでしょうか。
それからロザリーンが使用人だったような表現がいくつもあります。服装や言葉、農場に詳しかったり、クロード家が持った印象もそうです。このあたりがデイヴィッドとロザリーンが兄妹ではないヒントであり、着目してみると面白い点だと思います。
少しでも楽しんでもらえたら嬉しいです。読んでいただき、ありがとうございました。
その他のポアロ作品のネタバレ解説はコチラから探せるので、良かったらご参照ください。
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